2021 Fiscal Year Research-status Report
万葉挽歌の表現と様式から見る日本人の始原的死生観―遺骸の非描写性と時間軸の研究
Project/Area Number |
20K21987
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Research Institution | Tokyo Metropolitan University |
Principal Investigator |
高桑 枝実子 東京都立大学, 人文科学研究科, 准教授 (70881283)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2023-03-31
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Keywords | 挽歌 / 屍を見る / 行路死人歌 / 歌い手 / 死霊の鎮魂 / 埋葬 |
Outline of Annual Research Achievements |
『万葉集』巻二挽歌収載の「和銅四年歳次辛亥、河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首」(228・229)を取り上げ、当該歌には従来、歌い手が伝承上の「嬢子」の話を伝え聞いて作った歌という見方がある。今年度の研究では、当該歌の題詞と歌表現を、伝承上の人物を歌う物語的要素を有する歌のものと比較検討し、当該歌の「嬢子」は伝承上の女性ではなく、当該歌は歌い手が実際に「嬢子の屍」を見て作った歌であることを導き出した。 また、当該二首目の229番歌「難波潟潮干(しほひ)なありそね沈みにし妹(いも)が光儀(すがた)を見まく苦しも」が題詞に見える「嬢子屍」を直接歌った歌であることに着目し、当該歌と同様に「屍を見て」作られたという題詞を持つ「行路死人歌」の歌表現の特徴と当該歌を比較した。その結果、当該歌は「今の死者の状態」を歌う点は共通するものの、通常、歌い手の感情表現を述べることはない「行路死人歌」に対し、当該歌は屍を見て「苦しも」という感情を詠じた点が異なることを指摘した。また、「行路死人歌」は横たわる屍の様子を「寝(な)せる」「臥(こや)す」「枕(ま)く」など生者が眠る様に喩えて歌うのに対し、当該歌は「嬢子」が難波潟に「沈む」と生々しく歌う点が散文的であり、ここに当該歌の詠歌意図があることを導き出した。更に、当該歌に歌われた「苦しも」は、歌い手の心の表出であると共に、自身の「屍」が晒される辛さを歌う「嬢子」の感情表出でもあることを指摘し、当該歌が詠まれた和銅四年当時、新しい形の国家や平城京という都市が成立していく時代に、死者を埋葬し幽魂を慰霊・鎮魂することが要求されたという背景が当該歌の詠作に結びついたことを考察した。 以上の考察を「姫島松原の嬢子挽歌考―妹が光儀を見まく苦しも―」(東京都立大学人文科学研究科『人文学報』518‐11号(日本文学)2022年3月)に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
今年度は、本研究課題である万葉挽歌独自の遺骸の非描写性の理由及び時間軸の考察と日本人のの始原的死生観の探求のため、研究計画通りに巻二挽歌収載の「和銅四年歳次辛亥、河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首」(228・229)の考察に着手し、主に遺骸を直接的に詠じた229番歌について、遺骸の描写方法や、歌い手が遺骸を詠じた理由及び歴史的背景について考察を進めた。その結果、229番歌の歌表現については、概ね期待していた研究成果が得られた。 ただし、当初の計画では、当該歌の歌い手とされる河邊宮人の人物像や姫嶋松原との関係性、228番歌「妹(いも)が名は千代に流れむ姫島の子松が末(うれ)に蘿(こけ)むすまでに」の歌表現、当該歌とそれ以前の挽歌作品との違い、歌表現に見える漢籍・仏典からの影響等についても検討する予定であった。 しかし、今年度の研究で229番歌の歌表現を検討に着手したところ、それだけでも先行研究の見方が多岐に分かれ多くの問題点が発見されたことから、その考察に時間を費やしたため、作者像や228番歌、漢籍・仏典との比較まで手が回らなかった。また、コロナ禍への配慮から2021年度はハイブリッド型授業を実施したために、授業の準備や後始末、学生への個別対応等の業務に膨大な時間がかかり、当該研究に費やす時間を十分に確保できなかった。 そこで、2022年度まで研究期間の延長を申し出て、更なる研究推進を目指す次第である。
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Strategy for Future Research Activity |
今後、巻二挽歌収載の「和銅四年歳次辛亥、河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首」(228・229)について、228番歌に歌われた「名が千代に流る」「蘿むす」及び、229番歌の「光儀」「沈む」などの語彙や歌表現を、漢籍・仏典に表れた同表現と比較し、当該歌の漢語的要素や、そこから見える作者像について検討をする。漢籍・仏典との比較研究では、書籍及びデータベース等を参照する計画である。 また、昨年度の研究で取り上げた、当該二首と同様に溺死した女性の遺骸を詠じた巻三挽歌収載の「溺死出雲娘子火葬吉野時、柿本朝臣人麿作歌二首」(429・430)との共通点を考察し、通常、挽歌は死者の遺骸の様を歌うことが無いのに対して、何故、これらの歌が遺骸の様子を詠じているのかを、同様に遺骸の様を歌う『文選』挽歌と比較しながら背景を考察することにより、当時の人々の死者鎮魂の意識や挽歌観について考察する。 以上の研究成果を論文化し、研究誌に発表する計画である。 今年度は原則として大学が対面授業を行うため、昨年度までのようなオンライン授業を実施するための準備や後始末等が無い分、業務にかかる負担が少なくなったことから、当該研究に費やす時間を確保できると考えている。
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Causes of Carryover |
昨年度、研究課題とした取り上げた歌に当初の想定外の問題点が発見されたことや、コロナ禍への対応としてハイブリッド型授業を行うための準備等の業務負担の増加が原因で、当該研究に費やす時間が減少したことから、当初の研究計画のうち次年度に先送りする部分が出たため、先送り部分の研究を実行するにあたり購入予定だった書籍や備品を次年度に購入する計画に変更したことが、当該助成金が生じた直接的理由である。 今年度は、研究課題である『万葉集』巻二挽歌収載の「和銅四年歳次辛亥、河邊宮人姫嶋松原見嬢子屍悲嘆作歌二首」(228・229)の歌表現と関連する漢籍・仏典の研究をするため、古代中国文学及び仏教関係の関連書物を購入する予定である。 また、当該研究と関係する『万葉集』や上代文学、歴史学等の最新の著作物も、出版され次第に購入する計画である。
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Research Products
(1 results)