2020 Fiscal Year Research-status Report
伝統か革新か:啓蒙期からロマン派に至る近代アフォリズムのメディア文化史的再構築
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20K22003
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Research Institution | Seinan Gakuin University |
Principal Investigator |
二藤 拓人 西南学院大学, 国際文化学部, 講師 (00878324)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2022-03-31
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Keywords | アフォリズム / 文化学 / 手稿 / ドイツ近代 / 断片・断章 / メディア論 / ロマン主義 / 編集文献学 |
Outline of Annual Research Achievements |
第一に、初期ロマン派のアフォリズム作品である『断章集』の編著者F・シュレーゲルの編集指示と彼の知覚論との関連を明らかにし、アフォリズムのメディア美学・テクスト知覚論に積極的に寄与する論文を投稿・発表した。 第二に、シュレーゲルの手稿断章群にみられるアフォリズム的な筆記法の実態について、複写資料および写真版遺稿集を活用して分析した。今回は、彼が筆記した無数のアフォリズムにしばしば伴う下線強調に焦点を当てた。これを文中の固有名詞や作品名に引かれる場合(書籍出版文化における一般的な文化技術に属する場合)と、専門語・術語に対して恣意的に引かれている特殊な場合とに区分し、後者についてはシュレーゲルのアフォリズム的な思考過程に特有の下線操作として論究した。この成果は国際論集への寄稿に合わせる形で、ドイツ語で論文を執筆・発表することができた。 シュレーゲルの断章ノートの紙面は、欄外の余白が紙幅の半分近くを占め、欄外書き込み(注釈・批判)が円滑に行えるという筆記上の利点がある。第三に、この「二段構成型ノート」に関して他の事例を調査した。現時点では、啓蒙期の批評家レッシングと自然科学者A.v.フンボルトそれぞれの手稿にも同様の特徴を確認できている。このことから、ロマン派シュレーゲルのノートおよびそこでの筆記法もまた、初期啓蒙期のいわゆる「学者共和国」に通ずる学者文化の伝統と密接に関連しうると仮定した。 更にこれを詩人ヘルダーリンの草稿と比較した。写真版全集で確認される彼の手稿にも、紙面上を分かつ縦線の跡があり、「二段構成型ノート」という当時の文化技術を踏襲している。しかしそこでは、この制約に拘束されない局面や、元の詩に対する書き直しや加筆のためだけに余白を利用する詩作の実相も可視化されていた。この調査は非公開の研究会にて「学者の手帳と詩人の手帳」という題名で報告・意見交換をする機会を得た。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、18世紀ドイツ近代におけるアフォリズムの成立が、(1)制作過程と受容形態、書記と読書の急速な変化と多様化という文化事象との相関のもとに形成された可能性を検証し、(2)これまで実証されてこなかった、アフォリズムに認められる文体・書法と、制度の枠内で訓練された伝統的筆記法との繋がりの解明に取り組むことを目的としている。具体的には、制作現場で産出されるアフォリズムの文体・書法の体系的考察(=資料研究)、書誌資料および手稿の検証を通じた18世紀におけるアフォリズムの実態調査(=実証研究)、メディア史、書物史、読書史、書字史、文化技術論、編集文献学の基礎理解(=文化研究)の三点が本研究遂行のための主軸になる。 研究実績の概要に示した通り、啓蒙期からロマン派に至る著作家の手稿を精査した結果、「二段構成型ノート」が、当時の学者階層―つまり「伝統」の側―に典型的であった可能性、更にその紙面の余白において実践される注釈・批判が、アフォリズムの産出と密接に関連しうることを例証するに至った。これは上記の「資料研究」と「文化研究」を並行して得られたもので、現在までの進捗状況において、みるべき成果といえる。 初年度はコロナウィルス感染症の影響により、本研究の中心となりうる上記「実証研究」を念頭においたドイツのベルリン、トリーア等の各図書館への資料調査がかなわなかった。この点に関して当初の計画の大幅な変更を余儀なくされたが、旅費に充てられるはずだった予算を使って、追加で最新の遺稿集・カタログ・書誌を収集することで、可能な限りでの現地調査の代替措置を試みた。結果として効果的な「資料研究」の実施に繋げることができた。ただし、デジタル・アーカイブ化あるいは写真版出版されていない手稿資料のまとまった閲覧・複写・収集については、本研究最終年度の後半に渡独の上で現地調査を実現させることが望ましい。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の後半の段階で、上記「文化研究」に必要な、ドイツ語圏の文化学に関わる最新の重要文献をかなりの範囲で入手できている。これらのうち、ドイツ近代におけるノートとそこへの筆記法に関するメディア論・文化技術論に焦点を当てた論文で、とりわけ広義の意味でアフォリズムを扱っているものを、Genealogie des Schreibens、Kulturtechnikその他の入手済みの文献より既に幾つか分類・選出を済ませている。今後はそれらを網羅的に読書し、書字研究の最前線に関する情報・知識を蓄える。その際に先行研究の内容理解だけでなく、そこで複写を用いて分析対象にされている一次資料(手稿)を確認するだけでも思わぬ発見に繋がることが少なくないため、複写資料の紙面のレイアウトやそこでの筆記の傾向にも注意して調査を進めたい。 上記「資料研究」のための調査対象も、啓蒙期およびロマン派の他の諸作家(例えばリヒテンベルク、ヴィンケルマン、ヘルダー、ノヴァーリス)へと更に拡大し、彼らの書記実践の諸相をアフォリズム産出の場として厳密化していく。その際に手稿資料をドイツの各図書館で直接閲覧できることが望ましいが、手稿の複写が掲載された写真版の全集・作品集が存在する場合はそれらを活用したい。 今年度は春に日本独文学会春季研究発表会(オンライン)にて編集文献学をテーマにしたシンポジウムが、夏には国際ゲルマニスト学会IVG(パレルモ/オンライン)でドイツ語による個人研究発表が既に決まっている。初年度に集中的に行った手稿・文体の研究に対して、両発表ではむしろ遺稿としてのこるアフォリズムの編集・出版史ないし受容史という視角から本研究の成果を国内外に発信する機会とする。更に可能であれば、秋から冬にかけて上記「資料研究」を随時発表する。以上の各成果を論文にまとめ、西南学院大学『国際文化論集』その他の学会誌へ投稿する。
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Causes of Carryover |
コロナウィルス感染症の影響により、ドイツ現地(ベルリン、トリーア、テュービンゲン、ゲッティンゲン等)での資料調査が実施できなかったことと、発表付きで参加が予定されていた国内外での諸学会が延期されたことにより、特に旅費・その他の費用に関して当初の使用計画から乖離が生じた。その分の差額の一部は次年度予算へと繰り越し、最終年度で余裕を持った渡航調査が実現するように備えている。仮にそれがかなわない場合は、本研究に資すると判断される限りで、物品費(大型図書の追加購入や必要周辺機器の充填)での予算使用の継続も視野に入れている。
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Research Products
(3 results)