2021 Fiscal Year Research-status Report
条約制度の履行確保過程におけるICJの位置:条約機関との権限関係に着目して
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20K22068
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Research Institution | Toyo Eiwa University |
Principal Investigator |
今岡 奏帆 東洋英和女学院大学, 国際社会学部, 助教 (10882178)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2023-03-31
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Keywords | 条約制度 / ICJ / 条約機関 / 権限配分 / 条約手続前置 |
Outline of Annual Research Achievements |
今年度は、本研究の目的たる、条約制度の履行確保過程における条約機関とICJの権限関係を明らかにするという課題のうち、条約手続前置の問題について検討を行った。 条約手続前置とは、ICJ 管轄権の要件として条約手続を先に利用・完了すべきことを要求する制度である。条約手続前置は、ICJと条約機関の権限関係において、特定の事案について条約機関が先に判断を示す権限を認めることで、条約機関判断が終局的なものとなる可能性や、ICJ審理に進んだ場合にもICJによって条約機関の判断が参照される可能性を担保する意義を有する。条約手続前置の採否は、人種差別撤廃条約第22条の解釈論として近年ICJにおいて盛んに議論されている(ジョージア対ロシア事件(2011)、ウクライナ対ロシア事件(2019)、カタール対UAE事件(2021))。 同条は、「この条約の解釈適用に関する二以上の締約国の紛争であって、交渉または (or)この条約に明示的に定められている手続によって解決されないものは、紛争当事国が他の解決方法について合意しない限り、いずれかの紛争当事国の要請により、決定のためICJに付託される」と定めている。同条約において条約手続前置が採用されているか否かは、交渉と条約手続をつなぐ “or”が代替的意味合いであるか累積的意味合いであるか、すなわち、同条に定められているICJを利用するための手続的要件が、交渉の利用のみで充足されるのか (代替説)、それとも、交渉及び条約手続の両方を尽くさなければならないのか(累積説)によって決まる。 今年度は、両説の対立関係の整理を軸に、ICJが採用している条約手続前置にかかる解釈枠組とその問題点を明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度は、研究の主題である、条約制度の履行確保過程における条約機関とICJの権限関係の諸側面のうち、条約手続前置に焦点を絞り、中でも人種差別撤廃条約第22条を如何に解釈すべきかという点に着目した研究を行った。 具体的には、まず先行研究の検討を行った。主要な先行研究としては、Andreas Zimmermann, "Human Rights Treaty Bodies and the Jurisdiction of the International Court of Justice," Law and Practice of International Courts and Tribunals, Vol. 12, No. 1 (2013)が挙げられる。しかし、同研究の発表以後、ウクライナ対ロシア事件判決(2019)、カタール対UAE事件判決(2021)が出され、特にウクライナ対ロシア事件においてICJによる第22条解釈が示されたことから、新たにこれらの判決の検討を行うことが必要であると考えた。 判例分析の結果、ウクライナ対ロシア事件多数意見の立論の特異な点は、条約機関とICJの関係性、あるいは、条約手続とICJ手続の関係性という視点を一切含んでいないところにあることが明らかになった。また、同多数意見が示した解釈の問題点は、並行手続のはらむ問題性に応えていない点、条約手続の独自性の活用や、条約目的の達成におけるICJと条約機関の協働という視点を含んでいない点に見出された。 以上の研究の成果を、論文にまとめて公表した(今岡奏帆「人種差別撤廃条約第 22 条の解釈:条約機関とICJの機関間関係をめぐる一考察」『社会科学研究』第73巻2号(2022年) pp. 53-74.)。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度は、以下の点に関する新しい作業と、今年度まで推進してきた研究のまとめ、及び、公表の作業に注力したい。 条約機関とICJの権限関係については、今年度検討した条約手続前置の他に、客観訴訟の側面と実体判断の側面について検討を進めてきた。 特に、前者については、今年度までの研究において学説の問題点につき概ね整理が済んでいることから、その公表の準備を進めていきたい。また、既に公表済みの、客観訴訟にかかる判例分析とあわせて、客観訴訟の判断枠組の中で、条約機関とICJの権限関係が如何に規律されるべきであるのかという点について検討を行う。 また、実体判断については、学説及びICJ判例の研究を進めていく。学説については、実体判断における条約機関とICJの権限関係について論じるものは限られているのが現状である。そこで、本研究においては判例分析が重要な役割を果たすものと想定している。判例研究の対象として現在想定しているのは、ディアロ事件(2010年)、訴追又は引き渡しの義務事件(2012年)、捕鯨事件(2014年)、カタール対UAE事件(2021年)である。これらの判例において、条約機関判断に対しICJがどのような尊重を行ってきたのかという点の検討が焦点になる。 その上で、これまでの研究の成果を統合し、条約手続前置、客観訴訟、実体判断の全ての局面に通底する権限関係の規律枠組を同定する作業を行いたい。研究成果は、論文として来年度中の公表を目指す。
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Causes of Carryover |
感染症拡大の影響により、学会・研究会がオンライン開催となり旅費等が不要となったため。 来年度は引き続きオンライン開催が見込まれるため、旅費として計画していた経費は書籍代等に充当する予定である。
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