2021 Fiscal Year Research-status Report
形態で識別できない植物群マムシグサの訪花キノコバエ相に基づいた再分類
Project/Area Number |
20K22668
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Research Institution | Okayama University |
Principal Investigator |
松本 哲也 岡山大学, 環境生命科学学域, 特任助教 (80876243)
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Project Period (FY) |
2020-09-11 – 2023-03-31
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Keywords | 生物多様性 / 分類 / テンナンショウ属 |
Outline of Annual Research Achievements |
2020年に岡山県北東部の15集団に絞って調査したところ,広義マムシグサの中に異なる送粉キノコバエを使い分ける隠蔽種が存在することが強く示唆されたため,2021年には県全域の35集団に調査範囲を広げた.その結果,2年間で広義マムシグサ50集団669個体分の送粉者相,18項目の分類形質,SNPデータが得られた.これらのデータを解析したところ,以下のような結果が得られた. 各個体の訪花キノコバエ相を比較した結果,特定のキノコバエ種が集中的に訪花する2タイプ (以降タイプ①,②と呼ぶ) が発見された.分類形質の変異幅は2タイプ間で重複が大きく,形態に基づく識別は困難だった.MIG-seq法で得られたSNPデータを基にSTRUCTURE解析を実施し,各個体の由来する祖先集団数と帰属確率を求めた結果,系統A,B,Cが検出された.このうち系統Aは送粉者タイプ①,系統BおよびCはタイプ②に対応していた.系統Aは高標高地,系統BおよびCは低標高地に分布していたが,中程度の標高域には系統Aと系統BまたはCの混生集団が存在した.混生集団では,STRUCTURE解析で示された系統と送粉者タイプが個体ごとに概ね対応しており,各系統は異なるキノコバエ種を選択的に誘引すると考えられた. 以上の結果から,岡山県の広義マムシグサは少なくとも「2種」に分類できる可能性がある.STRUCTURE解析の結果,送粉キノコバエの異なる系統Aと系統BCの間では遺伝子流動の頻度が低いとみられた一方,同じ送粉キノコバエを共有する系統Bと系統Cの間では頻繁な遺伝的交流が生じていると考えられた.したがって,少なくとも系統Aと系統BCの間では,送粉者相の種間差が生殖隔離として強く働いていると予想される.さらに「2種」は分布する標高が異なるため,これらの遺伝的分化には送粉者隔離に加えて地理的隔離も寄与している可能性が高い.
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
2020年春の新型コロナウイルス感染症の全国的流行によって頓挫していた,岡山県北東部以外の地域での野外調査を適切な対策をとりつつ実施した.その結果,2年間で得られたデータは50集団669個体分に至り,なおかつ2020年の限られたデータが示唆していた「送粉者相の分化と遺伝子型が対応する」という推論を強く支持する結果が得られた.したがって,本研究課題の当初の目標は達成されつつあるといえる.
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Strategy for Future Research Activity |
2年間の結果を踏まえると,異なる送粉キノコバエを使い分ける広義マムシグサ「2種」間では,送粉者隔離が種間交雑をある程度抑制していることが予想される.しかし,全50集団を対象にSTRUCTURE解析を実施したところ,個体数は多くないものの,送粉者が異なる系統間であっても混生集団では交雑を疑わせるような個体が見つかった.このことは,今回見出された「2種」間で生殖隔離が不完全であることを暗示している.2022年度はこれらの結果を踏まえて,広義マムシグサ「2種」間での生殖隔離の積算強度を,申請者が過去の研究で計算した形態的独立性が明瞭な既知種20ペアでの値と比較することで,これら「2種」の独立性が,これまで形態に基づいて認識されてきた日本産テンナンショウ属各種に比肩するかどうか検証する予定である.
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Causes of Carryover |
2021年度に得られた結果を踏まえ,翌年度に生殖隔離強度の定量評価を新たに実施することにした.その作業に必要な費用を念頭に置き,当初予定していた県外の博物館・大学への標本調査を見送ったため,残額が発生した.当該助成金は2022年度の野外調査と遺伝解析に使用する予定である.
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