Research Abstract |
本年度における研究成果として,まず,台湾大学で開催された国際シンポジウム「正義理論とその実践」おける招待講演「京都学派と第2次世界大戦」を挙げることができる。本報告では,今般,環境倫理の基礎理論としても着目されている京都学派の哲学につき,倫理学の政治・社会的役割に関する問題意識の脆弱性という難点を指摘した。この基本考察により,環境倫理の基礎を解明するという思想的営みは,同時に政治・社会文脈をも考慮すべきであり,抽象理論を提唱するだけでは不完全である,という知見が得られた。つぎに,北京で開催された国際法哲学会第24回世界大会において,口頭発表「法の失敗に対する方策に関する考察-日本の公共訴訟における水俣病事件の研究」を行った。本報告の内容は,水俣病事件の法的・司法的解決の経緯のなかで,効率的紛争解決,司法審査・統制機能,損害費用の公正な配分という点で司法権の機能不全が認められ,アメリカの公共訴訟の諸制度を参考に解決すべき問題が少なくない,というものである。この口頭発表の基礎となった論文は,共著『各国憲法の統合と差異』(印刷中)に発表する論文「現代型訴訟としての水俣病事件」である。本稿では,日本の現代型訴訟とアメリカの公共訴訟の比較という観点から水俣病事件を分析し,そこで対応を迫られている問題系として,配分的正義と矯正的正義にかかわる法の根本問題を摘出した。さらに,裁判手続によっては現代型訴訟のような限界事例を必然的に適切に解決し得ないという問題につき,要件事実論を含めた裁判手続論・法的思考理論の限界がかかわる,という問題系を発展させた。これにかかる成果が,口頭発表「要件事実論と審査・起案技術」および,学術創成研究での招待講演「現代型訴訟の特質と限界-水俣病事件をてがかりに」である。両者の成果は,次年度に論文の形で発表する予定である。
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