2011 Fiscal Year Annual Research Report
日本近世における視覚文化の美的構造―美的性質の類型論を手がかりに
Project/Area Number |
21520113
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Research Institution | Doshisha University |
Principal Investigator |
岸 文和 同志社大学, 文学部, 教授 (30177810)
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Keywords | 美的性質 / 美的用語 / 視覚文化 / ヘルメレン / 雅俗二元性 / 可愛い / 深さ / 旅 |
Research Abstract |
本研究は、日本近世における美的世界の全体構造を把握するために、次の2つのことを行うことを課題とする。すなわち第1に、近世の文学・随筆・画史・画論のテクストにおいて、視覚文化について語るために使用される美的用語(aesthetic term)を博捜し、共時的な視点から、それらがどの種の対象に対して適用され、どのような美的=感性的な性質を意味しているのかを分析的に記述すること。第2に、そのようにして確定された美的性質を、ヘルメレン(G.Hermeren)の「美的性質の類型論」-ゲシュタルト的(gestalt)/趣味的(taste)/自然的(nature)/行動的(behavior)/表出的(expressive)/反応的(reaction)性質-に基づいて整理し、個別的な美的性質が相互に取り結んでいる関係・布置を明らかにすることである。 平成23年度は、口頭発表を2件行い、1編の著書(分担)と1編の論文を執筆した。すなわち、Aesthetics and Cultures,The 1st Polish-Japanese Meeting:Exchanging Experiencesという、ポーランド美学会と日本美学会の共同プロジェクトとして開催された国際シンポジウムでは、日本を「代表」する美的性質のひとつとみなされている「かわいい」がTVCMでどのように表現されているかを論じた。TVCMという現代の視覚文化を扱っているが、基本的な関心は、視覚文化における美的性質の機能を理解することに向けられている。もう1件の学会発表も、TVCMを物語論の視点から論じるものであったが、その目的は、視覚表象が果たす豊かな機能を理解することであった。一方、著書は、どちらかというと「かわいい」という美的用語の共時的な意味体系と、通時的な意味変化を理解することに向けられ、近世の事例なども検討した。 もう1本の論文は、直接的には、明治初期の写真術を再構成するものであったが、間接的に、写真という視覚表象と「観光」という近代に固有の行動形態との密接な結びつきを暴くことによって、「深さ」という美的性質を志向する近世的な視覚表象(浮絵/名所絵)と「物見遊山」や「社寺参詣」といった近世に固有の行動形態との興味深い関連性を意識させるものとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
これまで、本研究では、日本近世の視覚文化を特徴づける3つの美的性質-「面白い」「可愛い」「深い」-を取り上げ、近代の視覚文化との関連(連続性/不連続性)を見据えながら、集中的、多面的、多角的に議論を行ってきた。その結果、これらの美的性質のうち2つ(面白い/可愛い)は、ヘルメレンの分類で言う「反応的性質(reaction Quality)」と呼ばれるもので、感情的な彩りを帯びた美的性質が日本の視覚文化で重要な役割を演じていることを改めて確認することができた。
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Strategy for Future Research Activity |
残りの研究期間は1年である。この期間中に、改めて、中野三敏氏が提唱する「雅俗二元性」という江戸時代の文化モデル-「雅」は、高く評価される、品格のある、上位者のための伝統文化を意味し、「俗」は、低く評価される、通俗的な、下位者のための新興文化を意味する-を踏まえて、美的性質の布置(相互連関)に照明を当てることを試みる。手がかりは、北斎の画業が当時の視覚文化の文脈でどのようなものとして見られていたかを明らかにすることであると考える。というのも、北斎は、勝川派の浮世絵師として、浮世絵版画(役者絵)という「俗」を代表する視覚表象の制作から出発したが、狩野派、琳派の絵画や、明清画、西洋画といった多様な視覚表象を学習・総合して、「雅」の方向へ移行することによって、ちょうど雅俗の境界面に位置することになったからである。北斎の肉筆画や絵手本といった、本来「雅」の領域に属す視覚表象が、当時の人たちによってどのような美的性質をもつものとして見られていたかを、文献資料に基づいて調査することは、重要な意味を持つと考える所以である。
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Research Products
(5 results)