2012 Fiscal Year Annual Research Report
19世紀後半から20世紀初期のロシアにおける文学生産の場と知覚様式の変容
Project/Area Number |
21520352
|
Research Institution | Waseda University |
Principal Investigator |
貝澤 哉 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (30247267)
|
Project Period (FY) |
2009-04-01 – 2014-03-31
|
Keywords | ロシア文学 / 知覚理論 / 文芸理論 / メディア / 言語理論 |
Research Abstract |
本研究は、19世紀後半から20世紀前半のロシアにおける文学生産の場の大規模な変動を、当時登場しつつあった新しい視覚・聴覚メディア(映画、グラモフォン、電話、ラジオなど)や、それを背後から支えた新しい知覚理論や技術(美学、心理学、精神生理学、経験批判論、現象学、精神分析、ベルクソン哲学など)のコンテクストに置きなおし、これまでのロシア文学研究にはない、「知覚の様式の変容」という視点からとらえなおすことを目的としている。 平成24年度においては、前年度に引き続き、この時代のロシアの視覚・聴覚メディアや知覚理論にかんする資料を収集するとともに、あわせてその読解をおこなった。今年度は、とりわけアレクセイ・ローセフの1920年代の言語理論における現象学の役割に注目し、北海道大学で、このテーマにかんする発表を行った。ローセフの言語論は、言語学的なアプローチとは異なり、言葉を存在論的な位相においてとらえ、そのイデア的・形相的なあり方と、物質化・身体化された感覚的・感性的な形式とのあいだに現象学的なノエマ・ノエシス的構造を見出そうとするものである。ローセフは現象学の方法を援用することで、言語のイデア的側面と物質的・感性的側面を統合しようとしたのだが、そこではイデア・形相的なものと物質・感性的なものは対立するのではなく隣接的関係に入る。この関係を、ローセフはプラトニズム的な弁証法として理解するのである。このように、当時の言語理解には、現象学のような新しい知覚理論が生かされている。 また今年度は、他の論者とともに『再考ロシアフォルマリズム 言語・メディア・知覚』(せりか書房)を共編著し、1910年代以後のフォルマリズムの文芸理論において、ヴント心理学や現象学、ベルクソニスムなどの当時の知覚理論が重要な役割を果たしていることを論じ、広く一般に研究成果を公表した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
今年度まで、毎年コンスタントに学術誌などに研究成果を発表し、これまでのロシア文化研究でほとんど注目されていなかった様々な発見や論点を提出して、それらがいずれも高い評価を得ている。とりわけ、ロシア・フォルマリストのトィニャーノフの『詩の言語の問題』の背後に、不在の身体的な声の知覚を記号によって再構築するという現象学的問題があることを指摘した論文は、査読で高く評価され、「スラヴ研究」の巻頭論文となった。 また、これまでに、映画メディアを意識したナボコフの小説『カメラ・オブスクーラ』を翻訳、文庫化し、その解説で、ナボコフにおける映画や視覚的知覚の問題を詳細にとりあげ、一般読者にも、その研究成果の一部を紹介することができた。現在、やはり視覚表象や知覚の問題を意識化したナボコフの別の小説『絶望』の翻訳刊行も準備中である。 さらに今年度は共編著による単行本『再考ロシア・フォルマリズム 言語・メディア・知覚』(せりか書房)を刊行し、ロシア・フォルマリズムと知覚理論や新興メディアとの関係について、これまで注目されていなかった新しい視点を提示し、広く日本の一般読者にもこれまでの研究成果を公表することができた。 バフチンの小説理論についての論文も発表し、彼の身体論的小説論の背後にあるジャンル的感覚について考察し、個的な身体の境界を越えた視点を取りうる彼の小説論に独自な知覚の在り方を探り出した。 これらの理由から、本研究は順調に進行していると考えている。
|
Strategy for Future Research Activity |
今後も、関連する分野の資料収集を続けるとともに、知覚理論と文芸理論、言語理論にかんする考察を進める。 とくに今年度は、映画やグラモフォンなどの新興メディアと文芸の関係についてナボコフの小説『絶望』における視覚表象と知覚の問題について、翻訳・解説を刊行してその考察を進める予定である。また、ローセフの言語理論と現象学との関係についても、引き続き考察を進めていく。また、バフチンの言語理論、文芸理論における身体や知覚の問題についても引き続き検討していきたい。 そのために、研究費の支出の中心は、膨大な資料の収集にあてられる。書籍やコピー、雑誌論文の取り寄せや印刷などが、大きなウェートを占めることになるだろう。またそうした資料を整理し、データ処理するためのPC、タブレットなどの電子機器が必要になる可能性もある。
|
Research Products
(4 results)