Research Abstract |
最近,人は非常に狭い隙間を通過するとき,左側よりも右側を多くぶつけるという現象が報告された(Nicholls et al.2007,2008).彼らはこの現象を,上肢動作中の空間認知の特性として知られる,"疑似的空間無視(pseudoneglect)"に起因するものであり,歩行中になされる空間認知は,上肢動作中になされる空間認知と同一のプロセスに基づく情報処理過程であると主張した.しかし先行研究では,隙間通過時の足の影響などの要因が厳密に操作されず,単に右足で隙間を通過したことで重心が右側にシフトし,右側をぶつけやすいといった可能性が否定できない.そこで本研究では,こうした可能性(運動性要因)を厳密に数量化しながら,身体中心位置の右側偏向が生じるかどうかを,5つの実験により検討した.その結果,隙間を通過する際の身体中心位置は,通過する足の左右によって強く影響を受けることがわかった.先行研究が明らかにした「歩行軌道が常に右側にシフトする」という現象は確認できなかった一方で,歩行軌道は,注意がむけられた方向とは逆方向にシフトすることが明らかとなった.さらに擬似的空間無視の傾向を示す線分二等分課題の結果との関連性は認められなかった. 以上の結果から,先行研究の主張とは異なり,歩行軌道における左右偏向性は運動性要因(隙間通過時における着地足の左右)と注意性要因によって複合的に規定されていると結論づけられる.擬似的空間無視との対応関係が見られなかったことから,歩行中になされる空間認知は,上肢動作中になされる空間認知とは異なるプロセスに基づく情報処理過程なのではないかと推察された.
|