2009 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
21710253
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
石井 弓 The University of Tokyo, 大学院・総合文化研究科, 特任講師 (50466819)
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Keywords | 記憶 / 戦争 / 中国現代史 / 抗日戦争 |
Research Abstract |
■研究内容 2009年5月2日~12日及び8月7日~22日に中国山西省孟県農村にてフィールド・ワークを行った。調査内容は口頭で伝えられる短い覚え歌「順口溜」の収集、虐殺事件「趙家荘惨案」に関する記憶の聞き取り、戦争の夢に関する聞き取り、及び国家の政治思想教育運動「訴苦」や「憶苦思甜」についての聞き取りである。同様の調査を孟県城でも行い、農村と都市の間の差異を考察した。また、地域の文献資料(地方誌、文史資料、裁判資料、孟県答案など)を収集し、フィールド調査と照らし合わせ分析を行った。これらの調査は博士論文にまとめ、2010年3月に学位請求論文として提出した。 ■意義 ・これまで土地改革及び文革時期の思想工作と捉えられてきた「訴苦」と「憶苦思甜」運動が、地域の情報収集としての性格を持ち、それが民間裁判や地方誌の情報源となったことを明らかにした。同時に、「過去の辛さを思い、現在の幸せをかみしめる」という運動の性格によって、思想教育よりも、村人たちに戦争の記憶を保持させる働きをしたことを分析した。 ・「順口溜」の資料価値を認め、農村の戦争記憶のありようを分析した。「順口溜」は口頭で伝えられる素朴な歌であるため、これまで文字に書き取られることがほとんどなかった。しかし、その中には100年以上前から今に伝えられるものもあり、歴史の中に埋もれた人々の心性を読み解くための貴重な資料であると言える。本研究は聞き取りによって「順口溜」を文字化し分析するという新しい試みを行った。それにより、抗日戦争及び土地改革時期の村の状況や人々の認識が明らかになり、また記億と村落コミュニティーの関係性について新しい角度から分析を行うことができた。また、土地改革の政策転換による地主・富農・中農の立場と苦悩、それに対する村落コミュニティーの対応を明らかにした。 ・調査地域一帯で、同一の戦争の夢が見られていることをつきとめ、夢が如何に共有されたかを考えることを通して記憶の共有を明らかにした。これをまとめた論文「日中戦争の集合的記憶と視覚イメージ」『中国研究月報』(Vol.63、No.5)は、第6回太田勝洪記念中国学術賞受賞を受賞している。 ■重要性 抗日戦争、国共内戦、土地改革、大躍進といった混乱期において中国の人々が何を考え、どのようにそれを伝えてきたのか、それらは後の世代によってどう受け取られてきたのかは、歴史学的な資料考証によって明らかにすることが困難な問題であった。本研究は、フィールド・ワークによって人々の記憶や認識を明らかにすることに挑戦するものであり、資料に依拠してきたの歴史学や記憶研究の枠を超える新しい研究である。また、フィールド・ワークによる他者理解の可能性を常に問い続けることで、記憶研究そのものの可能性を論じられる研究であると言える。
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