2010 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
21720009
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Research Institution | Hiroshima City University |
Principal Investigator |
柿木 伸之 広島市立大学, 国際学部, 准教授 (60347614)
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Keywords | 哲学 / 美学 / 思想史 / 記憶論 / 文学論 |
Research Abstract |
本研究は、言語活動を他の言語への応答およびその翻訳として考察するベンヤミンの言語哲学と、非随意的な記憶を既成の歴史の連続性に抗する言葉のうちに救い出すことのうちに支配者が「正史」として語るのとは別の歴史の可能性を求める歴史哲学がいかに接続されうるのかを探究することを通じ、そうした「正史」ないし「ナショナル・ヒストリー」に回収されることのない、他者に応え、他者たちのあいだで応え合うような記憶の言葉の可能性を、哲学的な理論として提示することを目的とするものであるが、平成22年度は、前年度の研究中に浮上した課題にもとづき、広島における記憶の現在を問い直しつつ、記憶する言葉の探究としてベンヤミンの思考を捉え直す研究に集中した。当初の計画では、韓国内の暴力の記憶のモニュメントやドキュメントを訪れ、昨年度来のフィールド・ワークをさらに深めるはずだったが、それに充てるべき夏期休暇の時期に体調を崩して、それが叶わなかったのは残念である。その分ベンヤミンの歴史哲学の研究を、言語哲学と接続させつつ再検討する作業に力を注ぐことができた。その成果は、日本ディルタイ協会大会の共同討議「歴史を語るとは?」における報告「歴史を語る言葉を求めて-ベンヤミンの歴史哲学を手がかりに」にまとめられている。ベンヤミンにとって歴史を語る言葉とは、一つひとつの出来事を名づけ、その記憶を今に呼び出すことが根底にある、想起の媒体として生成する過去の像であるという洞察を踏まえ、想起の経験のなかから歴史を語る可能性を見通すことによって、死者を含めた他者とともに生きること自体を構成する営みとして、歴史を語ることを捉え直す可能性を提示する本報告を縮約したものが、23年度中にディルタイ協会の機関誌に公表される予定である。22年3月には、その内容を美学的に補完する論考を報告する機会も得た。想起とともに歴史を語る言葉が、従来の歴史の他者に対する応答として-その意味で谺として-語り出される経験を美的なものとして捉え、歴史が今どこから語られうるかという問いを掘り下げたつもりである。この報告も、より広く公表する道をこれから探っていきたい。広島における記憶の現在を問うた論考も、共著のかたちで近く上梓の予定である。
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