2009 Fiscal Year Annual Research Report
ヘミングウェイの遺作:オリジナル原稿の編纂方法とその問題点に関する総合的研究
Project/Area Number |
21720105
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Research Institution | Bunkyo Gakuin College |
Principal Investigator |
フェアバンクス 香織 (杉本 香織) Bunkyo Gakuin College, 短期大学・英語科, 助教 (70409613)
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Keywords | アメリカ文学 / アーネスト・ヘミングウェイ / 死後出版作品 / マニュスクリプト研究 / 「最後の良き故郷」 / ニック・アダムズ物語 |
Research Abstract |
本研究は、ヘミングウェイの死後出版作品のオリジナル原稿を、遺族や出版社によって編纂・出版されたテキストと比較することにより、彼らの編纂方法とその問題点を明らかにすることに主眼を置いている。平成21年度は、『ニック・アダムズ物語』等に収められた短編および中編「最後の良き故郷」を取り上げた。 「最後の良き故郷」については、他の遺作との関連を視野に入れた場合、当作品の執筆時期が『エデンの園』執筆の一時的な中断時期と合致していること、そして『海流の中の島々』の「マイアミ」セクションの執筆翌年に書き始められたことが重要な意味を持つ。ヘミングウェイは『エデンの園』の執筆を中断する直前までニック・シェルドンという登場人物を描いていたが、約8年を経て再開した際には彼のプロットを完全に排除した。そしてその間、ヘミングウェイは、自身の少年時代の体験をもとにした「最後の良き故郷」を執筆、後年には珍しくニック・アダムズを登場させたのである。こうした「ニック」をめぐる変奏には、作者ヘミングウェイのいかなる思いが反映されているのか。 本作品の研究では、この変奏の裏に、自身と自身を強く投影させた登場人物との距離をより多くとりたいとするヘミングウェイの意図が強く働いていると結論づけた。実際にトルーディとの性行為が赤裸々に描写された「父と子」におけるニックが、ヘミングウェイが若い頃に描いた若き日の「ニック」だとすれば、晩年の「ニック」の人種/性の逸脱に対する欲望描写は、時空的にできる限り遠く・間接的で、実行に移されたとしても擬似的でなければならなかったのである。この何層にもわたって丁寧に施されたヘミングウェイの婉曲術は、後年に書かれた他の死後出版作品同様、主人公の(ひいてはヘミングウェイの)miscegenalな欲望を公にしたくないとするイメージ保守の姿勢と通底していると言っても過言ではないと思われる。
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Research Products
(1 results)