2009 Fiscal Year Annual Research Report
Project/Area Number |
21720317
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Research Institution | Akita University |
Principal Investigator |
DONALD Wood Akita University, 大学院・医学系研究科, 准教授 (80375237)
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Keywords | 民俗学 / 地域社会 / 農村 / 歴史 |
Research Abstract |
この研究は、吉田三郎(1905-1979)という農民の生活を取り上げたものです。彼は脇本の大倉村(現在男鹿市に含まれる)に生まれ育ちましたが、貧しい家の三男だったため、受け継ぐ財産がありませんでした。そのため結婚後は、故郷の小さな谷に、耕作には不向きな農地を借りて生活していました。彼は中等学校までしか通えませんでしたが、自身で勉学に励み、可能な限り東京や他地域で開かれた授業に参加し、若者のための農業学校にも通っていました。そのような中で、吉田は大西伍一という、農民の生活の改善に力を注ぎ、彼らに教育を施していた人物と知り合います。大西は吉田に、秋田での厳しい農村生活について書くことを勧め、吉田もそれに賛同しました。こうして吉田は、彼の村で多くの人々を取材し、集めた情報に彼自身の生活の内容を合わせて、非常に素晴らしい原稿を書きます。大西が、出来上がった原稿を柳田国男に見せたところ、これは出版すべきだとなり、2人で渋沢敬三にこの原稿を持って行って、1935年にアチック・ミューゼアムから出版されました。更に渋沢は、吉田にカメラを渡し、1年間の農村生活の記録を依頼します。出来上がった吉田の日誌は1938年に出版されました。戦時中は、吉田は家族と共に東京に住み、渋沢の民俗作品の収集に携わりましたが、1945年に秋田に戻りました。そして渋沢の支援により、今の潟上市にあたる追分に、良い開拓地を手にいれ、そこで慣れ親しんできた農業に戻ります。しかし、そこでも吉田は、農業の傍らで執筆活動を続け、彼の生活や地域について、たくさんの本を書き続けました。 吉田三郎はたぐい稀な人物でしたが、彼の生活の手記は、20世紀の日本の歴史を、特に農民の生活を良くあらわしています。また、吉田は農民でしたが、柳田国男や渋沢敬三など、多くの国民的に著名な人々とも交流がありました。この研究を始めてから、私は吉田の娘から詳細を聞き、彼の故郷である脇本も何度も訪れました。このようにこれまで研究を進めてきましたが、吉田が書いた初期の2冊は古い日本語で書かれており、それを現代の日本語に訳するのに今少し時間がかかっています。加えて、この研究にまつわる全ての資料が日本語であるので、それらを読みこなすのにも時間がかかります。その結果この研究は、私が初めに予想していたよりも遅れていますが、できる限り頑張ります。今年度はより研究が進められ、成果が出せると思っています。
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