Research Abstract |
F_1モーターはナノスケールで働く可逆な回転分子モーターである.生理的条件下でATPを加水分解しながら回転する.一方,生体内では,F_0F_1-ATP合成酵素の一部として働き,膜内外の水素イオンの電気化学ポテンシャルによって,F_1モーターは逆向きに回転させられ,むしろ,ATPを合成している.このような可逆なエンジンの性質を理解することは,非平衡熱力学の発展にとって大きな意味を持つ.また,ATPは生命活動に必須のエネルギー源であり,そのほとんどを合成しているのがF_1モーターである.したがって,F_1モーターの逆回転を調べることは,生命のエネルギー論を理解する上で極めて重要である. 揺らぎと応答が強い関係を持っていることは,近年の非平衡物理学の発展により明らかになっている.そこで,非平衡揺らぎを調べる前段階として,F_1モーターの回転自由度に回転電場法を用いて比較的強いトルクを課し,一定トルクに対する非線形応答を測定した.これは,F_0F_1-ATP合成酵素のモデル実験系とみなすことができる.その結果,十分に強いトルク下で,ATP合成方向に120°のステップを踏みながら回転するという現象を初めて発見した.また,F_1モーターが1ステップで出せる最大仕事,すなわち,合成方向回転に必要なトルクに1ステップの大きさである120°を掛けた値が,1ATPの加水分解に伴う自由エネルギー差とほぼ等しいということが分かった.ATP,ADP,P_iの濃度を変えて,自由エネルギー差を変化させても同様の結果を得た.この結果は,F_1モーターの化学力学結合が1対1である可能性を示唆している.また,ATP濃度を減らすか,ADP,P_i濃度を増やすと,最大仕事は減少することが分かった.これは,F_1モーターが,ADPとP_iを取り込んでATPを合成しながら回転していることを示唆している.
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