Research Abstract |
有機金属触媒反応は現代の有機合成の主流となっている反応であり,シガトキシン・パリトキシンのような複雑な骨格を持つ天然物や,ポリチオフェン・フラーレン誘導体のような有機物半導体の合成等,時代の最先端を行く化合物の合成にはなくてはならない反応としてその力量を発揮して来た.また,2010年のノーベル化学賞の対象ともなっていることからもその重要性は明らかである.その反応性発現の鍵となっているのが配位子設計であり,配位子上の置換基一個の違いが触媒機能に大きな差を生じさせる.一方で,メチル基とエチル基といった具合に不連続な変化でしかコントロール出来ない有機物配位子を用いるだけでは配位子の構造に敏感に応答してしまう触媒機能も自然と不連続な変化となって現れるため,厳密な触媒設計を困難にしていることも事実である.更に反応を検討する際に,その都度配位子のデザイン・合成という煩雑な工程を踏まなければならないことも一つの課題である.このような問題は,有機金属触媒の"恩恵"に与るために避けては通れない事としてこれまで正面から取組んでゆく研究はなされてこなかった.本研究の目的は,手間と時間のかかる触媒のファインチューニングから脱却し,0.01mV単位でのコントロールが可能な,電場というこれまで化学反応には用いられてこなかった新しい"場"を導入する事により,触媒機能を精密制御する事を目的としている.初年度である本年は,本研究の最終目的である電界中での触媒反応を実行するにあたり必要となる基礎的な研究を主眼として検討を進めていった. 触媒への電界のかけ方はトランジスタの原理を用いて行う.すなわち,入手容易なシリコンウエハ基板の表面上に単分子膜として触媒を担持し,その基板に電極をつけ溶液中に浸す事により触媒反応を行う.溶液中では電気二重層の形成により,基板にかけた電界が表面に局在化することにより触媒単分子膜に効果的に電界がかかることが期待できる. 前年度までの検討で,アミンとカルボン酸が両方が表面に出ているアミノ酸の単分子膜をシリコンウエハ上に作成することに成功している。本年度は上記単分子膜に加えて、蛍光分子であるFITCをヘッドグループとして有する新たな単分子膜の作成を行った。まず,トリエチレングリコールを介してアミンをシリコンウエハ上に単分子膜として作成し,その後,塩基性条件下でFITC上のチオイソシアニドとアミンを反応させ,単分子膜とした。この単分子膜は,興味深いことに,電場によりその蛍光発光特性を変化させる事が明らかとなった。詳細な検討の結果,この変化はシリコンウエハ上の電気化学ポテンシャルによる(1)表面近傍のpH変化と,(2)単分子膜のコンホメーション変化の両方の効果によるものであることが示唆された.これは,細胞表面の膜タンパクと他のタンパクの相互作用に類似したメカニズムであり,人工的な単分子膜で生体膜の動作原理をミミックした最初の例である.この知見は,電場による触媒作用のスイッチング実現のための大きな指針となると期待される.
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