Research Abstract |
本研究では,フランスの商人が記した最古の会計帳簿であるリヨンの毛織物業者の会計帳簿の断片(1320-1324)を研究対象として,簿記書が出版される以前にどのような簿記・会計の知識が持たれていたのかを考察した。とりわけ当該会計帳簿の帳簿組織と記帳システムを明確にするために,「1.記帳内容の把握」に努め,その上で,「2.帳簿組織の検討」,そして「3.記帳システムの検討」を行うことを目指した。 考察の結果,当該帳簿は,概ね記録者Johanym Berguenの債権に関する記録で,一部Johanym Berguenの債務も含まれることが明らかになった。また,債務のみの記録,左欄の勘定で債権の発生・右欄の勘定でその回収を表している記録等,多種多様な記帳方法が駆使されているのが,当該帳簿の特徴であった。さらに現存しない帳簿,皮革で覆われた帳簿,および表紙が赤い帳簿の存在が確認できた。ただし,皮革で覆われた帳簿と表紙が赤い帳簿も債権ないし債務を記録したものと考えられた。 特に,会計史の観点からは,同じ帳簿内の債権債務記録にして,ページにより,記録者を主語とするものと,取引相手を主語にして記載するものとがあるという発見があった。人名勘定に関するイタリア最古の現存史料といわれる,フィレンツェの一銀行家の帳簿断片(1211)において,債権債務の記録は,取引相手を主語にしていることが確認できることからも,それに類似した記帳形式が当該帳簿内で見出せる点は極めて興味深いものであった。その一方で,フィレンツェの帳簿においては,債権を「返済すべし(与えるべし)」,債務を「受取るべし」に該当する動詞を用いて示していたのに対し,研究対象たるリヨンの帳簿では,全記録を「devoir(~すべし,返済すべし)」を駆使して表していたことは,当該帳簿での特記事項といえた。
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