2022 Fiscal Year Annual Research Report
トレハロース法による包括的保存処理方法の研究ー海底遺跡出土鉄製品などへの適応
Project/Area Number |
21H00618
|
Research Institution | Tohoku University of Art and Design |
Principal Investigator |
伊藤 幸司 東北芸術工科大学, 文化財保存修復研究センター, 教授 (50344354)
|
Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
|
Keywords | 保存科学 / トレハロース / 保存処理 / 海底遺跡 / 埋蔵文化財 / 元寇沈船 / 蛍光X線分析 / 腐食 |
Outline of Annual Research Achievements |
鉄製品脱塩処理の進行を把握すべく、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を用いる手法を研究した。定性分析には当該装置が装備しているソフトウェアArtaxを、定量分析には検量線作成ソフトEasyCalで作成した海水成分用半定量アプリを用いた。 予備実験として、鷹島海底遺跡出土木片を脱塩処理、測定した。定性分析では①対象物を直接測定する手法での脱塩効果の把握、②測定中の水分の蒸発による検出強度変化、③脱塩廃液中の海水成分濃度との関連性、④ClとSの挙動、を調べた。①はHeパージすることで軽元素の検出精度が良好となり脱塩処理の進行に伴う各元素の挙動を把握できた。②は検出強度の上昇を確認した。この上昇幅は時間と共に減少し、一定の時間で収束するように見えた。③は脱塩廃液を濾紙に浸み込ませて乾燥、測定したところ、①を裏付ける結果が得られた。④はClの抽出は早いがSの脱塩処理の効果は低い。Sは長期間をかけても十分な脱塩効果は得られない可能性が高い。 海水成分用半定量アプリは水浸資料の直接測定では精度が得られなかった。これを解消する方策もあるがArtaxの使用が有効であるため、今後は定性分析を軸に研究を進める。 10月1日に鷹島海底遺跡から木製大型イカリを引き揚げた。2023年1月、脱塩処理開始から1週間ほどでClの減少・恒量化が確認できたが、当該装置の故障という不測の事態に陥り、実資料の直接測定は断念した。現在、脱塩廃液中の塩化物イオン・硫酸イオンの測定、濾紙による試料表面水分のサンプリングなどを継続し、当該装置の修理完了を待つこととした。 鉄粉圧縮試料を用いる実験は、当研究の最終目標であるトレハロース法による鉄製遺物保存処理手法の検討を行うためのものである。含有している塩化物・硫化物がトレハロース含浸処理後にどのような挙動を示すのか、それを顕在化させるための方法を検討、試料の作成を進めている。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を用いた残留海水成分の測定は順調に進行していたが、2023年1月に検出器の異常によって動作しなくなるという事態に陥った。しかし、当該装置を用いた基礎的な検証、研究方針の検討は故障するまでにほぼ終わっていた。脱塩処理中である大型木製イカリの直接測定という手法の検討については断念せざるを得なくなったが、それをカバーするためのサンプリングの手法の検討などを進めることが出来た。また、別機関から海底から引き揚げた大型鉄製品(幕末の蒸気外輪船のシャフト、2点)の保存処理の指導を要請されている。当研究の主目標との関連性が非常に高い実資料であるため、鷹島海底遺跡から引き揚げた大型木製イカリと併行して研究・保存処理を行うことにより、効果的に当研究を進めることが適うと考えている。令和4年度ではないが、5年度に入った4月末に、故障した装置と同型機を借用できることになり、分析作業を開始した。
|
Strategy for Future Research Activity |
当研究の主たる目標は、トレハロース法による鉄製遺物保存処理の有効性の検証と、その手法の確立にある。これと共に、保存処理後の二次劣化を生じる海底遺跡出土遺物への効果を更に検証することにある。特に、遺物からの海水成分の除去(脱塩処理)の進行と、元素毎の挙動を把握する事が重要であると考え、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を用いた実資料の定性・定量分析を進めてきた。研究対象とする実資料は鷹島海底遺跡出土木鉄複合材遺物や鉄製遺物に限られていたが、幕末の蒸気外輪船の鉄製シャフトの保存処理の指導要請を受け、現在これに関わる予備的な実験・調査を開始している。今後、双方の資料の研究・保存処理を推進することにより、トレハロース法の有効性と問題点を確認しながら、より実効性の高い保存処理方法を検討することが可能となった。 PEG法などトレハロース法以外の保存処理方法の場合、海底遺跡出土遺物の二次劣化が必ず生じる。これに対してトレハロース法では全く問題が生じていない。これについてはこれまでの研究により、糖が非電解質であること、結晶化したトレハロースの吸湿が極めて低いことなどが要因であることが明らかになった。非常に興味深いのは、トレハロース法で保存処理した遺物表面にもPEG法と同様・同程度に海水成分が残留していることである。この腐食抑止のメカニズムを研究するために、海水成分を吸収させた鉄粉圧縮試料を用いた実験を進める。具体的には、含有している塩化物・硫化物がトレハロース法や他の方法とで挙動の差異が生じるのか、それを顕在化させる事を目的とする。この調査・検証は目視や重量測定はもちろんであるが、ハンドヘルド型蛍光X線分析装置を用いた成分分析調査が非常に重要である。 前述の2タイプの実資料へのアプローチと、併行して進める鉄粉圧縮体を用いた実験により、トレハロース法による鉄製品保存処理方法を確立する。
|
Remarks |
(1)はトレハロース含浸処理法研究会会員、および公的研究機関所属者から申請があった場合に限り閲覧・参加を認めており、一般には公開していない。これはWebページの内容に未公開情報、守秘義務、商業的な利権・責任に関わる事項が含まれているための措置である。
|
Research Products
(6 results)