2022 Fiscal Year Annual Research Report
パルス印加による恒常的量子相変換の学理創成と再構成可能な非散逸電流回路への展開
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21H04442
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Research Institution | Tokyo Institute of Technology |
Principal Investigator |
賀川 史敬 東京工業大学, 理学院, 教授 (30598983)
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Project Period (FY) |
2021-04-05 – 2025-03-31
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Keywords | 準安定 / ドメインエンジニアリング / 急冷 / ヒステリシス / 磁気スキルミオン |
Outline of Annual Research Achievements |
熱平衡相図上において、超伝導相と電荷秩序相、強磁性相と反強磁性相といったように、異なる2相が化学組成や磁場を制御因子として、1次相転移を介して隣接している場合、低温においていわゆるヒステリシス領域が急激に拡大する現象があることが知られている。この現象はKinetic arrestと呼ばれることもあるが、その微視的起源は必ずしも明確になっていなかった。このような相競合に伴うヒステリシス拡大はパルス印加による不揮発相の可制御性(準安定相の創出)に密接に関連していることが申請者らの先行研究から示唆されており、この微視的な起源に対する知見を深めることは本研究課題において、重要な学術基盤となる。そこで本年度はこのような急激なヒステリシス拡大を示すことが知られているマルチフェロイック物質(Fe0.95Zn0.05)2Mo3O8を対象として研究を行った。この物質では磁場印加に伴い、反強磁性相からフェリ磁性相へ磁場誘起一次相転移が起こる。走査型磁気力顕微鏡(MFM)及び磁気光学カー顕微鏡を用いて、反強磁性ドメインの核成長過程の実空間観測に成功した。この反強磁性ドメインの成長速度を様々な温度・磁場領域で網羅的に測定したところ、ヒステリシス境界と成長速度の強い相関が明らかになった。得られた成長速度を一次相転移ラインからの距離(駆動力)の関数として解析した。その結果、ドメイン壁のクリープ運動の解析で頻繁に用いられるMerz則と呼ばれる表式の中に磁場の効果を取り込むことでよく説明できることがわかった。さらに、クリープ的な成長速度を考慮して、磁化に対応するマクロな物理量の磁場依存性(M-H曲線に相当)を計算した。提案したモデルによって、転移磁場の温度依存性とその磁場掃引速度依存性というヒステリシスにまつわる二つの大きな特徴を再現することに成功した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
研究代表者が東京大学から東京工業大学に異動し、装置を移設した際、走査型ラマン顕微鏡について、装置に不具合が発生したため、原因特定や修理の対応の関係で、本装置を用いた計画については遅れが生じている。そのため、当初の計画の代替案、かつ、本研究課題の学術基盤にもなり得る研究課題として、装置の不具合解消と並行して上述の課題に取り組んだ次第である。こちらは順調に研究が進み、論文を2本投稿するに至った。走査型ラマン顕微鏡については、不具合の原因が概ね特定でき、次年度に再立ち上げを行い、測定が開始できる見込みである。 また、申請時には計画していなかったことであるが、再構成可能な非散逸な電流回路を構築する上で、磁気スキルミオン/らせん磁性/ドメイン壁などといった非共線な磁気構造に交流電流を印加すると、スピン移行トルク効果により非散逸な電場(創発電場)が生じることを共同研究を通じて見出し、このような物理も本申請課題のスコープに含まれると判断するに至った。走査型ラマン顕微鏡の立ち上げ後、再度予期せぬ不具合にみまわれることも想定されるため、このような非散逸な創発電場の研究にも着手し、本申請課題の目的に資するような成果を目指していく。
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Strategy for Future Research Activity |
・走査型ラマン顕微鏡を立ち上げ、局所相制御及びその場観察を可能にするノウハウを蓄積する。その際のテスト試料として、DMe-(DCNQI)2Agを対象とし、定常電流印加時の非平衡定常状態において発現することが期待される、金属と絶縁体の相分離状態を観測することを目指す。この目標を達成後、試料に局所的なレーザー照射を行い、不揮発な相制御が達成できるかどうかを検証する。 ・上述の非共線な磁気構造に電流を印加すると、スピン移行トルク効果によって、磁気秩序に電流誘起の歪みが現れる。外部電流を交流にすると、磁気秩序は時間的にゆっくり変動するダイナミクスを示し、スピン移行トルクの逆効果として、時間依存する創発ベクトルポテンシャル、すなわち電場が生じる。このような効果から生じる創発電場により、特に交流電流印加の場合、非散逸な交流電場が生じることとなり、すなわちインダクタ応答が発現する。この非散逸な創発交流電場は、電流の時間波形や強度を制御することで、相転移を伴わない線形応答の範囲で生じうる。次年度はこの電場の発現機構やその性質について、マイクロマグネティックシミュレーションの立場から理解を深化させることを行う。
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