2021 Fiscal Year Research-status Report
『大学定本』『易経古義』諸稿本の分析による伊藤仁斎倫理思想の研究
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21K00010
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Research Institution | Mie University |
Principal Investigator |
遠山 敦 三重大学, 人文学部, 教授 (70212066)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 伊藤仁斎 / 大学定本 / 易経古義 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、日本近世の儒者伊藤仁斎の倫理思想の特質を、その『大学』注釈である『大学定本』、及び周易注釈である『易経古義』の諸稿本の分析から明らかにしようとすることを目的としている。 研究初年度にあたる令和3年度は、朱熹が絶対的経書とした『大学』に対する仁斎の注釈『大学定本』の三種稿本(「改修本」「林本」「元禄十六年冬校本」)についての分析を行い、『大学定本』仁斎生前最終形態のテキスト確定を行うとともに、仁斎が、朱熹『大学章句』に現れた修養論をどのような観点から比較したかに就いて精査を行った。その主な特徴は以下の諸点に見出すことができる。 ①『大学』を「孔子の遺書に非ず」と否定した仁斎において、本文は「経」と「伝」とに分かたれることのない全十章で構成されるものとされる。②本文は基本的に宋本『大学』によるもと理解されるが、以下見るように宋本には一部錯簡があると考える。③「大学一篇不出於明徳新民止於至善三者而止至善即明徳新民之標的也」とし、『大学』全体を所謂「三綱領」を説くものと捉える。ただし「明徳」は「聖人の徳」の形容とし、朱熹による解釈の根幹である「性」と捉える理解を退ける。④一方、所謂「八条目」についてはそれを否定し、「格物」を「先本始而後末終」を意味するものと捉え「止於至善之方」と位置づける。⑤④に基づき、朱熹が「経」とした「物有本末」以下を第五章に繰り入れ、朱熹の「格物補伝」を削除する。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
『大学定本』の仁斎生前最終形態のテキスト確定の作業はほぼ順調に進んでいる。一方、その作業の過程で、これまでの仁斎研究で「孔子の遺書に非ず」という評価とともに否定的対象としての側面のみに注目されていた『大学』が、「明徳・新民・止於至善」を論じた一つの〈論書〉としては仁斎に一定の評価を与えられていたことが明らかになった。「格物」に対する独自の解釈とも連動したそうした仁斎の『大学』解釈について整理した論考を準備している。 一方当初予定していた旧註との比較については、やや遅れている。その背景に、朱熹の『大学』解釈にはそれに先行する二程子の『大学』解釈があり、仁斎が朱熹への批判とともに、二程子による解釈から多くの影響を受けていることが判明した経緯がある。『二程全書』などからの影響関係をより細かい観点から精査する必要が生じたため、諸注釈との関係の考察に遅れが出ることとなっている。
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Strategy for Future Research Activity |
研究2年目にあたる令和4年度は、仁斎の周易注釈である『易経古義』の二つの稿本の分析を通じて、仁斎の『易』理解、さらにはその倫理思想の解明を試みる。具体的には以下の二点となる。 ①『易経古義』の二種稿本「自筆本」と「改修本」について成立過程の分析を行い、『易経古義』仁斎生前最終形態のテキスト確定を行う。なお、参考として両本の中間形態とされる「林本」をも参照する。具体的には令和3年度『大学定本』の場合と同じく、稿本の複写に基づき改訂を跡づけることによって成立過程の分析を行うとともに、最終形態テキストの確定を行っていく。 ②稿本成立過程の分析と並行して、仁斎が彖伝、象伝ならびに文言伝を如何に理解し、そこにどのような意味を見出したかに就いて、精査を行う。内容の精査に当たっては、比較対象として朱熹『周易本義』のみならず『朱子語類』当該章や旧註をも参照し、仁斎思想の独創性を解明すべく務める。 さらに研究最終年度にあたる令和5年度には、令和3年度及び4年度で考察した仁斎の『大学』及び『易』理解を、山崎闇斎、中江藤樹、荻生徂徠、中井履軒などの近世諸儒による主要な『大学』『鋭気』理解と比較対照することで仁斎倫理思想の特質を明らかにしていく。
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Causes of Carryover |
支出費目として物品費とりわけ書籍が中心であったため、少額の残額を使用する有効な使途が見当たらなかったことにより「次年度使用額」が生じた。翌年度助成金と合算することによって、有益な書籍に対する支出として使用する予定である。
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