2021 Fiscal Year Research-status Report
歌論・能楽論における観照の哲学的可能性:井筒俊彦・豊子による日本古典美学論の射程
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21K00014
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Research Institution | Jichi Medical University |
Principal Investigator |
小野 純一 自治医科大学, 医学部, 講師 (20847090)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 井筒俊彦 / 井筒豊子 / 美学 / 日本古典 / 短歌 / 歌論 / 謡曲 / 能楽理論 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度は井筒俊彦・豊子の日本古典をめぐるテクストの分析し批判的検討するため、井筒両名による古典美学論を読みながら、彼らが取り上げた短歌や謡曲を並行して読み進め、さらに井筒両名による見解に哲学的意義を見出しながら、彼らが取り上げた古典文献における「自然観照」の哲学的意義を見出す方法を探ることに費やされた。 協力者として森瑞枝(立教大学)と中山純一(東洋大学)が参加し、森によって謡曲とその元となる『源氏物語』の比較検討が行われた。その結果、元の『源氏物語』では主体性のない人物として描かれる女性(例えば夕顔)が、謡曲では主体的に動く能動者として描かれ、その経験が語り出されることが示された。また謡曲における和歌や漢詩が、地の文から離脱する際に技巧的、修辞的に用いられることである種の「異化効果」を発揮することが示された。加えて、『源氏物語』では描かれることのない主体性、能動性が、舞台芸術として表現される際には、能による舞台上での情緒表現としての所作(例えばシオリ)によって表現されることも実証された。その結果、作品内で出来事の記述とそれとは異質な情緒表現の区別が、和歌や漢詩を散りばめることで修辞的に見出すことができ、舞台上での情緒表現部分が出来事の記述としての地の文からの逸脱(法悦)に対応していることが理解できた。 この自然的態度からの離脱は、主体性(シテ)にとっては、他者(ワキ)の介入によって、受動的に体験されるものでもある。その哲学的な意義をフッサールの受動的綜合の分析に依拠しながら考察した。謡曲においては、受動的に達成される境地が描き出される部分において、和歌や漢詩が配置され、『源氏物語』の語句も用いられ、言語意識が重層化するようにデザインされていることも分かった。ここから、自然的態度からの離脱としての法悦に詩的言語の体験の出発点あるいは根本を見出す方向性が確認できた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナ感染対策のため予定よりも回数を減らし、感染状況を見つつ、全6回の研究会を開催した。5回は対面で行い、最終回はオンラインで行った。対面で行った際に、必要な文献の分析とともに謡曲が演じられる際の所作を専門の能楽師(金春流シテ方森瑞枝)から学ことで、情緒表現の非言語的側面に着目できた。加えて謡曲が謡われる際の表現も学ことができ、テクストの身体的側面に着目できた。それらは、当初予定していなかった謡曲の作品として「半蔀」と「海人」、さらに「三輪」を分析対象に加えたことで可能になった。このことから、当初予定になかった分析が加わり、また予定していた研究会のうち半数にとどまってはいるものの、研究は順調に進んでおり、予想以上の成果が得られたと評価できる。また源氏物語や新古今和歌集との関連で謡曲を考察するための主要な観点に本居宣長による古語解釈を考慮に入れる必要が出てきた。そのため、本居宣長による解釈を同時並行で検討し始めた。このため、慈円の『愚管抄』や藤原定家の『毎月抄』の分析は次年度に行うことにした。これら新たな必要が出てきたため、井筒俊彦および豊子が記述する日本古典美学解釈を2021年度のうちに全て分析し切ることはできなかった。残されている部分は、井筒俊彦および豊子が記述する金剛界曼荼羅を利用した意識変容の部分である。これに関しては、井筒両名が繰り返し言及する『毎月抄』、さらに能楽理論書である『風姿花伝』における心の変容を読み合わせることで、2022年度の計画に大幅な変更を加えない形で遂行できるものと思われる。また小野が事前に進めていた井筒両名による美学論の和訳は、2021年度に持ち越し、中山純一とともにさらに検討しながら、そこに見出される現象学的意義や詩的言語の現象学的記述の可能性を探ることになった。当初の計画の一部が変更されたものの、期待以上の成果があった点で順調といえる。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度は、井筒理論を援用して能楽作品を分析し、自然観と自然観照の変遷を記述する予定である。これは、古今和歌集・新古今和歌集の作品世界を中心に据えた上記の能楽作品の分析結果を基に、和歌から能楽へと自然観の変遷を辿り、歌論から能楽論へと方法論の変遷を記述することを目指すものである。とりわけ、井筒豊子が単著論文「認識フィールドとしての和歌」において、共著での記述以上に詳細に描いている、金剛界曼荼羅を利用した意識変容の部分を、藤原定家の『毎月抄』、世阿弥の『風姿花伝』、さらに当初は予定になかった禅竹の複数のテクストと照らし合わせながら読み解く予定である。これによって、和歌は美的理念と言語的理念の結合であったという豊子の解釈が、どの程度、謡曲にも適用できるのかを見定める。豊子が扱う和歌は能楽作品でも思想の主軸をなすことからもこの適用は可能だと、2021年度の研究を踏まえた上でも考えることができる。また、このような豊子の観点を用いて、申請者と協力者2名は、能楽が自然観照の言語的実現であることをテクスト分析、解釈だけでなく、舞台芸術としての能の分析からも、提示する予定である。これによって、森の史的記述を基 に申請者と中山純一は、井筒両名の解釈による中世美学の自然観照が哲学的思考に寄与する根拠を論じるつもりである。その成果を、2022年9月欧州で開催することが見込まれる第8回European Network of Japanese Philosophyでパネル発表することを考えている。ただし、新型コロナ感染を鑑みて、オンラインでワークショップを配信することも念頭に置いている。また申請者は、西洋中世哲学研究のほか、近年は井筒の英文著作を研究しているリオデジャネイロ連邦大学のGuerizoli教授と井筒俊彦の『意識と本質』を読み解く研究会を行い、その成果をシンポジウムとして公開する予定でいる。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、新型コロナ感染対策のため、研究会や出張を先送りすることで交通費や出張費の拠出が進まなかったこと、出張費などに見込んだものを書籍の購入に充てるなどの変更が必要になったことである。 今回生じた次年度使用額は、翌年度分として請求した助成金と合わせて、海外からの書籍の購入に充てたい。とりわけ円安が進んでいることもあり、海外の出版物を取り寄せるのに予定以上の金額が必要になっている。このため、当初予定していた書籍の購入もままならない状況になっており、次年度使用額は海外から出版物を購入する際に充填できる。
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Research Products
(2 results)