2022 Fiscal Year Research-status Report
フランクフルト学派における「自然」概念の諸相ー「自然主義」のもう一つの形を求めて
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21K00038
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Research Institution | Morioka College |
Principal Investigator |
齋藤 直樹 盛岡大学, 文学部, 教授 (90513664)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 自然主義 / アドルノ / ハーバーマス / フランクフルト学派 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度はまず、前年度に論究したアドルノの「自然主義」的議論に対する代表的な批判を検討した。具体的には、社会批判の最終的な審級を、道具的理性による支配を免れた「毀損されざる自然」への「主体の内なる追想」に見出す『啓蒙の弁証法』の議論を、自然あるいは人間の社会的被規定性とその理論的分析の放棄を伴う「観念論的ユートピアニズム」への退行と断罪したヴァルター・ヨプケの批判、ならびに、アドルノによる道具的理性批判の理論的帰趨を、「外的・内的自然とのアルカイックな同一化」を夢想する神秘主義的思想への帰着として批判するハーバーマスの議論を詳細に検討した。アドルノにおける「自然」概念の非合理主義的ないしはロマン主義的な側面を強調する彼らの(むしろ一般的な)批判は、本研究が昨年度明らかにしたアドルノにおける「自然」概念の多元的な成り立ちを考慮するなら、一面的な批判に留まっていることを改めて明らかにした。 以上の論究を踏まえ、次いで、アドルノに後続するフランクフルト学派第二世代の「自然主義」的議論を精査した。まずはそれを代表するものとして、現代における自然科学主義の台頭に関するハーバーマスの批判的議論に着目し、当の議論を支える種々の「自然」概念―『人間の将来とバイオエシックス』の中心的概念である「人間的自然」、あるいは、『自然主義と宗教の間』に見出される「経験科学的自然」「社会的に構成された自然」「客観的/主観的自然」「逸脱した自然史」といった多様な「自然」概念―の内実を明らかにした。そのうえで、ハーバーマスが用いる幾つかの「自然」概念と、「理性と自然の布置」あるいは「自然に条件づけられた自由」といったアドルノの着想との類縁性を指摘し、この限りにおいて、ハーバーマスの提唱する「柔軟な自然主義」の思想的源泉として、アドルノの「自然主義」の意義を再評価することができるという観点を形成するに至った。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「自然」をめぐるアドルノの一連の思想を、とりわけ、自然と歴史との二元論的な対立を廃棄すべく彼が提示した「自然史」(Naturgeschichte)概念に注目しつつ再検討し、初期フランクフルト学派の「自然主義」の内実を、新たな仕方で再評価しうる視座を確立することができたため。加えて、「自然」概念に依拠したハーバーマスの議論を、初期フランクフルト学派の「自然主義」との異同を明らかにしつつ比較検討することを通じて、フランクフルト学派における「自然主義」の展開を、一貫した論理に基づいて体系的に把握するための決定的な手掛かりを獲得することができたため。
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Strategy for Future Research Activity |
来年度はまず、ハーバーマスに後続するフランクフルト学派第三世代における「自然主義」的議論の展開を精査する。具体的には、ハーバーマスの「コミュニケーション理論」の基本的コンセプト、すなわち、理想的発話状況が成立する言語論的条件に社会的解放の審級を見出そうとする企図を、合理性の過度の偏重として批判するアクセル・ホネットの立場に注目し、身体的情動性という「自然」的契機に根ざした他者への「共感」あるいはその「承認」のあり方を、新たなコミュニケーションパラダイムを形づくる重要な契機として導入する必要性を主張する『承認をめぐる闘争』(Kampf um Anerkennung, Suhrkamp, 1998.)の議論を、まずは詳細に検討したい。そのうえで、ホネットのそうした立場と、観念論的な存在の唯物論的な被規定性に注目する第一世代の「自然主義」的観点との異同を明らかにしながら、フランクフルト学派における「自然主義」的議論の系譜を包括的な見地から取り纏めていきたい。 他方で、フランクフルト学派の「自然主義」を現代の自然主義の展開の中に適切に位置づけるべく、自然主義をめぐる現代的な議論を包括的に検討することにしたい。具体的には、ハットフィールドによる近現代ドイツにおける自然主義の展開に関する系譜学的研究(Gary Hatfield, The Natural and the Normative, The MIT Press, 1990.)、あるいは、英語圏の分析哲学における自然主義の復権に関するキッチャーの歴史的研究(Philip Kitcher, The Naturalists Return, in: The Philosophical Review, Vol.101, No1, 1992.)等を主要な手掛かりとしながら、現代における自然主義の展開に関する総合的な知見を形成していきたい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍の影響によって研究出張や研究者の招聘が実施できず、出張旅費および専門的知識の提供に関連する謝金等が、予定どおり使用できなかったため。今後は、コロナ禍の状況が改善し次第、前年度までに予定していた出張等を繰り下げ、今年度の予定分と併せて実施することによって、当初の計画に沿った予算の執行となるよう務める。
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