2021 Fiscal Year Research-status Report
15世紀ブルターニュ公家をめぐる子孫繁栄祈願の表象
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21K00103
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
田邉 めぐみ 関西大学, 東西学術研究所, 非常勤研究員 (30804091)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 時祷書 / キリスト教図像 / ブルターニュ公国 / フランス王家 / アンヌ・ド・ブルターニュ / 祈念表象 / 子宝祈願 / 贖罪 |
Outline of Annual Research Achievements |
予定していた海外調査は全て延期せざるを得なかったが、書籍の購入と、インターネット上で公開されている史資料を駆使する中で、非常に大きな成果を得ている。まず、フランス王妃兼ブルターニュ女公であるアンヌ・ド・ブルターニュが自身のために注文した時祷書(Paris, BnF. ms. lat. 9474)の具体的な祈念内容を検討する中で、当該時祷書と、その制作期間中のアンヌを取り巻く状況との密接な関連が明らかとなり、「三王礼拝」「マリアの教育」「聖家族」といったキリスト教図像に、アンヌの信仰や子授け祈願に欠かせない人物の扮装肖像を指摘するに至っている。このことにより、アンヌの男児出産祈願のさまざまな表象方法が明らかとなったうえ、彼女に帰属されてきた写本(Paris, BnF. ms. NAL. 3027)がカステイーリャ王国のファナのために制作された可能性や、制作年代や帰属が未特定のままにあった写本(Paris, BnF. ms. NAL 3120; Nantes, Bm. ms. 18)がシャルル8世の死去からルイ12世との再婚に至るまでのアンヌの状況と対応していることを確認している。また、従来祈念表象とはみなされていなかった4月と5月の月暦図の主題選択や表象方法に、写本注文主・所有主の意向が如実に反映していることを解明し、時祷書の注文・制作背景を特定するための新たな要素として提示するに至っている。これらは、時祷書の彩飾を新たな視座から研究する意義を開示するにとどまらず、現在まで制作背景や図像解釈に問題が残されていたタペストリーや、架台絵画の研究に寄与するものである。かかる成果は日本語、フランス語、英語で順次発表しているが、現地での確認作業を残しているものが多い。今後は海外調査に重心を段階的に移しながら、加速度的に成果を公表してゆく予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
現地調査が難しい中で、従来の研究方法や研究計画の大幅な変更が必要となり、現在まで試行錯誤が続いている。特に、15世紀半ばまでにブルターニュ公家やその周辺の者たちに所持されていた時祷書の研究を中心に進めてきた報告者にとって、それらとは歴史的背景だけではなく、図像・装飾体系も大幅に異なる1500年前後の写本研究に必要な資料収集に、予想以上の労力を費やすことを余儀なくされている。ただ、15世紀半ばまでの時祷書研究で得た成果が、期せずして1500年前後に制作された写本彩飾の理解に繋がることも稀ではなく、当初の研究計画では①1430年代初頭、②1450-60年代、③1500年前後という異なる時代に対応させていた3つの課題を総合的に検討する必要が出てきている。つまり、①の異なる「家」の祈念表象が一つの写本にいかに共存しているかという問題や、②の子宝祈願と弔いによって生成されている一族の繁栄祈願の表象は、ともに③のアンヌ・ド・ブルターニュをめぐる時祷書の注文・制作経緯や、制作年の特定につながる祈念表象の特殊性と普遍性の問題と密接に関連していることが徐々に明らかとなっているのである。 また、当初は時祷書の祈念表象との比較的視点を得ることを目的としていた日本の「祈りの場」に関する調査についても、断続的に進める中で、欧州と日本という全く異なる場における「祈り」の内容と、その表象の類似性が示しているものは、「祈念」という行為の研究を「人間に特有の文化」という観点から深化させる必要性も出てきている。それは、現在の時祷書の彩飾研究をさらに別次元へと向かわせるものでもあり、次なる課題「時間的リズムと空間的リズム:時をめぐる物質と非物質」へと続く道程が、少しずつ見え始めているところである。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の推進方策は、海外での調査の遂行と研究発表を並行して進めてゆくことである。上記の研究成果は、2023年にフランス語と英語で刊行されるが、いずれも現地での写本調査や、関連研究に従事している研究者との議論によって、自ずと見直すべき点がでてくることを予測している。特に、アンヌ・ド・ブルターニュのもとに集成されてきた時祷書や祈祷書の帰属の見直しについては、イタリア、スペイン、イギリスで制作された彩飾写本にまで、調査対象を広げる必要が出てきたため、ヨーロッパ各地で進められている時祷書関連の研究プロジェクトとの連携は必須である。また、各時祷書の祈祷文の内容・順序と図像プログラムとの密接な結びつきから、具体的な祈念表象が生成されている可能性を数例確認しているため、フランスのL’Institut de recherche et d’histoire des textesのHORAEプロジェクトの成果を活用しながらテキスト研究を進めてゆく。 アメリカに所蔵されているブルターニュ公家関連の写本の研究成果については、現地調査と研究成果の英語での公表が、関係者との連携を図るために急務である。本年加入したInternational Center of Medieval Artの事業に積極的に参画してゆきたい。 以上の推進方策は、2024年の単著刊行を主目的にしたものではあるが、国際シンポジウム《祈りを結ぶ――モノから辿る祈りのかたち》を開催するための準備作業でもある。日本の「祈りのかたち」に関する調査も同様の目的のために断続的に進めているが、ヨーロッパのそれとの比較にはとどまらない、異分野を架橋する有益な研究方法の提示に繋げるために、報告者が日本部門を担当しているMENESTREL(www.menestrel.fr)の運営するウェブサイトに、本年度から随時フランス語で報告していく予定である。
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Causes of Carryover |
2021年度に予定していた海外出張が不可能になったため、次年度への繰り越しが発生した。本年度は夏期休暇を利用し、8月から9月にかけて、ブルターニュ公家と、その周辺の者が所有していた彩飾写本を所蔵するイギリスとフランスの図書館・美術館で調査を実施する予定である。また、2023年2月から3月には、International Center of Medieval Artが開催する大会への参加と、アメリカの図書館・美術館に所蔵されているブルターニュ公国関連の彩飾写本の調査を実施予定。関連図書(主に洋書)の購入も引き続き継続し、有益な現地調査に繋げる。
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