2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
21K00144
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Research Institution | Nagoya University |
Principal Investigator |
伊藤 大輔 名古屋大学, 人文学研究科, 教授 (00282541)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 鳥獣戯画 / 日本絵画史 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は研究の一年目にあたり、後白河院政期における武士表象について主として研究を進めた。作品としては、「鳥獣戯画」甲巻を取り上げ、そこに描かれた動物たちの身体性に着目して議論を行った。 具体的には箭内匡氏の『イメージの人類学』における議論に依拠して、この作品に描かれた動物たちの身体は、アナロジズムという世界観を背景にもつことを論じた。アナロジズムとは、バラバラの諸存在を類似の関係によって結合し、統合的な宇宙を織り上げていく思考である。「鳥獣戯画」甲巻における動物たちの身体も、本来は区別されるべき人間と動物を結合している点でアナロジズム的であると言える。 アナロジズムは、諸存在を結合し中心に向かって統合してゆくため、政治の仕組みに反映されると専制的な権力を生じさせるとされる。「鳥獣戯画」甲巻も院政という新たな統合的権力の発生期に描かれたと考えられ、歴史的状況、人類学的構造などが複層的に絡み合って作品が成立したと分析した。 ピーター・クラストル『暴力の考古学』の議論によれば、アニミズムの社会では、大権力による社会的統合を避け、小集団が自立した離散的な社会を維持するために、戦争が行われるとされる。一方で、アナロジズムの社会では、武力はむしろ統合的な権力の維持のためにその一部に吸収される。「鳥獣戯画」甲巻においては、的弓の場面が武士の姿をよく模しているとみられるが、ここでの武は、儀礼的秩序に収まっている。秩序を乱すような暴力はむしろ、猿が逃げ蛙が転倒する市井の喧嘩の形で描かれているがその破壊力は限定的で、全体として中心と周縁の階層構造が意図されていると考えられる。こうした秩序立った武の表象からは、この作品がアナロジズムに裏打ちされていることが推測できる。 また丙巻における紐を用いた力くらべの場面についても別途考察し、武士表象ではないものの武の本質たる力の表現としてその美術史的意義も論じた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
研究の一年目としては、順調に進んでいると考えている。「鳥獣戯画」という著名で研究も多い作品を根幹に据え、新旧の諸研究を読み進めた上で、当初の研究計画通り、文化人類学的な観点から美術作品を解釈するという新しい角度からの方法論の具体化に成功したのはほぼ見込み通りと言える。 また、擬人化された動物たちを描いた甲巻だけでなく、近年注目を集めている丙巻についても部分的とは言え言及できたことは一つの成果である。特に、直接武士そのものの姿を描いていなくとも、武士という存在を生み出すような力の行使や暴力というより深いコンテクストにおいて、甲巻と丙巻を同一平面上に置き得る可能性を発見したことも今後の研究の展開を促すことにつながると判断している。 この時期の絵巻の制作者たちが、力の統御と解放という問題に関心の焦点を当てているのではないかと考えるようになったことも新たな視点の発見である。この点についてはまだ充分に論文化できていないが、今後の課題の一つとして取り組んでいくつもりである。この観点からすれば、必ずしも武士が描かれていなくとも、武士を求め武士を支える社会的な意識について、絵巻等の画像史料から考察することが可能となる。甲巻、丙巻だけでなく、乙巻や丁巻にもまた、秩序を破壊するような暴力の表現が日常風景の一端として描かれており、「鳥獣戯画」四巻を統括的に理解する観点が析出できるかもしれない。さらには、今年度は形とならなかった「後三年合戦絵巻」等にも理解のための基盤をあたえることになると思われる。 一方で、人類学的な観点を導入したことで、武士の表象というよりは、観念的な「武」の表象、あるいは武力や暴力、戦争の表象の方に本来の関心があることにも気づかされた。この辺りは、対象作品の選定も含め、今後調整してゆく必要があると考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
今後の研究については、「鳥獣戯画」研究をしばらくメインの柱に据えて進めるつもりである。今年度の研究によって、「鳥獣戯画」が文化人類学的観点からの美術理解に非常に適した作品であることにあらためて気づかされた。この新しい角度からの方法論を確立するためにも、「鳥獣戯画」研究をもう少し続けたいと考えている。その上で、他の絵巻へと議論を展開してゆきたい。 次年度の研究としては、上記したピーター・クラストル『暴力の考古学』などの議論を参照しつつ、武力や暴力がもつ社会的な作用力について考察する予定である。その際まずは「鳥獣戯画」の画面に依拠しつつ論じる予定である。しかし、上述したように今年度の研究において「鳥獣戯画」はアナロジズムを基盤としていると考えられるので、クラストルがいうような暴力が社会を分節したまま保つ力というのも、何らかの形で回収されると考えられる。そうした回収の形までも分析的に論じたいと考えている。 また、文化人類学的な議論に傾きすぎるのを回避し、人類という一般化された概念では捉えきれない歴史的にリアルな状況も忘れずに掘り起こしていきたいと考えている。人類学的な普遍性との対照で平安末から鎌倉時代の固有の思考のあり方もあぶり出せるように、議論を組み立てていく予定である。
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Causes of Carryover |
美術史研究の基礎はまず何よりも作品を実際に見学するところにあるが、今年度も周知のように新型コロナウィルスの影響が継続し、予想外に東京や京都への出張が困難であった。公的な展覧会等も、研究課題に関連したものが少なく当初予定よりも予算消化が進まなかった。しかし、今後は社会的状況の改善もあり得るので、次年度以降積極的に展覧会等を利用しながら作品の実地見学を進めたい。 また、図書類も当初購入予定の高額商品の出版延期などもあり、予定より使用額が低くなった。しかしこちらも次年度以降、刊行されるものと見込まれるので、時機を逃さず適切に購入し、研究の基盤を厚くする予定である。パソコンや周辺機器等の購入も、今年度は性能の問題から見送り、次年度以降により高性能化した機材を導入してゆく予定である。
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Research Products
(1 results)