2023 Fiscal Year Research-status Report
ハーバード初の小児科正教授を取り巻く文脈―米国小児科学の〈母〉に着目して
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21K00258
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Research Institution | Ritsumeikan University |
Principal Investigator |
吉岡 公美子 立命館大学, 法学部, 教授 (80240240)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 19世紀 / 米国史 / 人工哺育 / 小児科学 |
Outline of Annual Research Achievements |
ハーバード初の小児科学正教授とされるThomas Morgan Rotchは、所属ラボを主宰していたHenry Pickering Bowditch経由で、C. LudwigらドイツとりわけLeipzigの実験科学の影響を強く受けたphysiologistであったことが判明した。1873年学生時代の受賞論文もそれを示している。従来の哺育史では、H. P. Bowditchは臨床観察を重視するフランス医学の流れに位置づけられ、また、BowditchとRotchの直接的繋がりは記されてこなかった。J. H. Warnerらの先行研究を踏まえ、解剖を含む実験科学、機器の開発を含む測定重視の一派が米国医学史にあったこと、百家争鳴の"sects"が乱立し派遣を争う19世紀米国の「医師」を単一のまとまったエリート集団と見なさない哺育史を著す必要性がはっきりした。 米国小児科学の父と言われるAbraham Jacobiの講演録Infant Diet (1873)とその拡張版とされるMary Putnam Jacobi(3人目の妻)編集のInfant Diet (1874)を比較検討したところ、A. Jacobiはむしろ従来の乳母・看護師らの哺育法を継承しており、「科学化」に貢献したのは(男性エリートではなく)実験医学・生理学を重視する女医Mary Putnamのほうであったことが示唆される。 一方、H. P. BowditchとT. M. Rotchはいずれも、Charles S. Peirceと、欧州およびハーバード大学で接点があり得たと判明した。パーセンテージ法人工哺育は、Pearsonを先取りしたと言われるPeirceの統計学をふまえた医学の嚆矢として見直す必要がある。後年、「数学か高等天文学のよう」と非難したBrennemann医師には、統計学的思考が理解不能だったのではないか。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
自身や家族の健康状態にも鑑み、当初計画通りに渡米して一次資料を確認することが躊躇われる。主に電子化された史料をもとに、研究テーマも調整しつつ、可能な範囲で研究をすすめている。 当初、日本語での成果公表を目論んでいたが、英語媒体も含め広く公表の機会を探ることとする。
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Strategy for Future Research Activity |
従来の哺育史には登場しないHenry Pickering Bowditch、Mary Putnam Jacobiが果たした役割を書き加えることによって、19世紀末から20世紀初頭の米国の人工哺育史を再構築する。一見、偏狭なな個別的テーマであるが、T. M. Rotchの「ファミリービジネス」としての従来よりも解像度を上げた人工哺育史の記述を通じて、女性史や医学史の下位部門ではない、もう一つの人工哺育史をめざす。 科学化・男性化という普遍的枠組みに拘泥しすぎず、超越主義と近しかったホメオパシーなどを含め医師集団内部のいわゆるsect間の力学、医師免許制度、医学教育、高等教育制度(C. S. Eliot学長の改革)、慈善・寄附、出版事情、プラグマティズムとハーバード小児科学講座の関係など、欧州とは異なる米国固有の事情を具体的に検討する。 これによって、ボストンにおける繊維産業(木綿・羊毛)のネットワークと医家の家系の重なり、獣医学・動物実験とヒトの医学を横断する基礎医学(生理学)、信仰と生活文化、奴隷制廃止論、捕鯨・貿易業、気象学・保険と統計学、牧畜・酪農・乳業などを視野に入れた、従来よりも多角的・越境的な検討が可能になると信じる。 T. M. Rotchの祖父(母方)の妹Ann Waln Morganの日記、Rotch家・Rodman家の女性たちの手紙などの史料収集に務め、編集され公刊された資料(Margaret Fullerの書簡など)と照合しつつ検討する。
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Causes of Carryover |
感染症および予防接種の状況、健康状態等に鑑み、米国の文書館等での資料収集を延期したため。代行依頼に切り替える可能性も含め、対応を検討中である。
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