2021 Fiscal Year Research-status Report
近世期・軍記作品の流布と幕府の文化施策との連関をめぐる通史的研究
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21K00302
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
久保 勇 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 准教授 (10323437)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 軍記 / 書誌学 / 版本 / 陸奥話記 / 後三年記 / 将門記 / 平家物語 / 出版規制 |
Outline of Annual Research Achievements |
以下、計画書記載の3つの研究活動について概要を報告する。 ①初期軍記版本の成立と流布:『将門記』については、模刻本(寛政11〈1799〉年)以前、真福寺本が外部にあった状況を把握するため、松平君山(秀雲)による写本を調査した。該本は、鶴舞中央図書館・河村文庫に『舊本将門記』として二本(一本は副本)、名古屋市蓬左文庫に一本が現存する。装幀や朱筆の比較から蓬左文庫本が先行し、秀雲書写本である可能性が高いと考えられた。 ②近世期『平家物語』写本の流動:「近世・延慶本三写本の実態と環境について」にて成果を発表した。同論内で言及しなかったが、本研究に関わる課題として、「寛政重修諸家譜」(1789-1801)編纂事業の影響が浮上している。同家譜未掲載の人々が自らの系譜を証すため、〈軍記〉の世界と様々な形で関わろうとした痕跡が見出だされた(既発表稿の葦原検校、延慶本転写の大膳亮・平道樹)。加えて言えば、葦原検校の譜牒を確認した林述斎は同家譜編纂の中心人物である。なお、富山市立図書館・山田孝雄文庫にて『平家物語考』自筆原稿の予備調査をおこない、同書未掲載の近世『平家物語』諸本に関する情報が見出だされており、今後も調査を継続していく。 ③幕府文化施策との関係・近世軍書の時代区分に関する研究:井上泰至氏(2014)で参照される吉田一保『和漢軍書要覧』(明和7〈1770〉年)掲載の『天喜録』について、京都府立京都学・歴彩館にて調査した。同本は外題から神澤杜口筆によるもので、『前九年軍記』として写本が数本現存する実録と同作品であった。吉田一保は軍談を得意とした大坂の講釈師で、神澤杜口は随筆『翁草』の著者として知られるが、両者が京阪圏という限定された地域で通じていたことが想定されること、近世期の〈軍記〉享受にかかる問題として「実録」「講釈」も視野に入れる必要等を見出だすことができた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
新型コロナウイルス感染症に関する要請に基づき、国内での移動制限および資料所蔵機関の外部者閲覧制限があったため、資料調査(旅費使用)活動の時期に制限があり、業務内容の変更に伴いエフォートを適切に配分することが困難であったため、全体としては叙上の進捗状況となった。具体的に遅れている研究活動(既述の①~③に基づく)は以下の通りである。 ①初期軍記版本の成立と流布:寛文二年刊『奥羽軍志』(四冊本)は当補助金にて購入できたが、同本以前の写本(原本)の調査があまり進んでいない(国文学研究資料館にてマイクロ・紙焼本は一部確認)。具体的には、『陸奥話記』第一類第三種の神宮文庫本・多和文庫本、第三類の前田育徳会尊経閣文庫(一)、『後三年記』では神宮文庫蔵本、狩野文庫蔵本等々の調査である。 ③幕府文化施策との関係・近世軍書の時代区分に関する研究:幕府の文化施策-特に出版-に関する基礎的文献は収集中だが、軍記に関わる具体的な史料が見出だされておらず、その発見にかかる調査活動がやや遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
「研究実績」に示した通り、調査活動によって従来検討されてこなかった近世期の軍記作品の実態の一部が明らかとなり、山田孝雄自筆稿等未調査資料の可能性が拓かれたことは、研究実施初年度として一定程度の成果を得たと言える。しかしながら、個々に設定した具体的課題(①~③)について論じるには「点」の成果段階に留まるもので、調査研究の成果を今後積み上げていく必要がある。研究活動推進の方針としては、やや遅れが生じている①の「初期軍記版本の成立と流布」に関する調査活動を優先して進め、可能であれば当該年度内に研究成果の一部を公表したい。同時に、③の「幕府文化施策との関係・近世軍書の時代区分に関する研究」については、俯瞰的にそれらを把握する活動を進めていく。 新型コロナウイルス感染対策をめぐる現状は改善の方向にあり、令和4年度は前年度のような調査活動に制限が生じる可能性は少なくなるものと想定され、業務上のエフォートも前年度の経験を踏まえて調整が可能になる(特に夏季)と予想される。一方でコロナ禍以前に戻る状況もあり、依然エフォートに流動的な要素がある点を認識し、当該研究が可能な時期には集中して調査研究活動を実践していく。
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Causes of Carryover |
交付申請書段階の直接経費使用計画の費目で言えば、物品費に未使用額が生じている。文献等の購入については、調査活動の過程で手許に置くべき資料を発見し、購入することが多いが、令和3年度は資料所蔵機関等へ訪問する調査活動自体に余裕がなく、原資料調査に留まり、周辺の参考文献調査まで及ばなかった。 令和4年度以降においては、幕府文化施策に関する文献資料、軍談・実録等の軍記関係の原資料(版本)等の購入を促進し、当該研究を推進していく。
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Research Products
(1 results)