2023 Fiscal Year Research-status Report
近世期・軍記作品の流布と幕府の文化施策との連関をめぐる通史的研究
Project/Area Number |
21K00302
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Research Institution | Chiba University |
Principal Investigator |
久保 勇 千葉大学, 大学院人文科学研究院, 准教授 (10323437)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 軍記 / 尾張藩 / 蓬左文庫 / 将門記 / 松平君山 / 陸奥話記 / 後三年記 / 軍書 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、近世の「軍記作品」の伝来と流布における、幕府の修史事業・諸藩の文化事業等と幕府の出版規制策等との影響関係の把握を目的とする。以下、本年度内に成稿・公表予定であった『将門記』板行前後に関する一部成果を報告したい。 享保15年(1730)に松平君山が真福寺より『将門記』を譲られ、弘化2年(1845)に同寺に返却されるが、一部伝承の通り、天明3年(1782)の君山没後に一時返却され、寛政9年(1797)夏に秦檍丸が江戸に持ち出した可能性がある。昌平黌旧蔵『将門記』(国立公文書館蔵)は巻末に寛政9年「5月」の檍丸跋文を載せ、これは板本「序」に類同の文言で、尾張での寛政11年出版に利用されたと考えられる。一方、榊原長俊書写奥書本(多和文庫蔵『平新皇将門記』等)には檍丸より模写本を与えられながら、手跋記載以前の「4月」転写を伝え、同書を「平新皇将門記」とも称する点に問題がある。夙に森銑三(1933)は『文晁過眼録』寛政9年(『集古』3号1915)の「大須〈尾州名古屋〉真福寺蔵平親王将門記〈承徳古写本也□丸携来〉」に注目、檍丸の真福寺本江戸持ち出しの可能性を指摘した。(檍丸手跋本は真福寺本を江戸で再書写したか) 板本の植松茂岳刊記には、弘化2年に雪居大人(高木秀真)により真福寺に返却された経緯が記される。細野要斎『諸家雑談』五には高木秀真が谷文晁に入門した話が載り、生前の文晁から秀真が所在情報を得た可能性がある。檍丸手跋本の昌平黌蔵を考えれば、秀真が求めた「ある博士の家」は昌平黌博士が妥当で、真福寺本が約50年間、江戸で秘蔵されていた状況が有力となろう。こうした江戸・地方(大名家)間の「閉鎖系の「知」」(藤實久美子『近世書籍文化論』2006)にあった軍記(=古書)の先例は『陸奥話記』『後三年記』(=板本『奥羽軍記』)があり、『将門記』もそれらに近い往還を経て板行されたと見通される。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
本年度前半はサバティカル研修期間を得ることができ、中間報告ながら口頭発表2回の成果公表を果たしたが、本実績報告に一部を示した『将門記』写本にかかる学術論文の成稿・発表に至らなかったこと、本研究課題設定時に掲げた大きな課題の見直しの必要を認めたため、総じて「やや遅れている」と判じた。 後者については、計画書において「幕府諸事業の影響を考究することにより「読まされ方」の文化史を構想」と記載したが、尾張藩に対象を絞り調査研究を遂行しているうちにやや雑駁な問題設定であることに気付いた次第である。 幕府による出版規制は江戸・大坂・京都の三都の本屋仲間に限定された問題(板本)であり、一方、軍記作品の写本が珍重され転写され、限られた人々に流布する営みは尾張藩や水戸藩に顕著で、これらは御三家という特殊な地位にあって許されたもので、「読ませる」対象も藩内の一部に限定されている。叙上の枠組みは、藤實久美子(『近世書籍文化論』2006)によって「開放系の「知」/閉鎖系の「知」」として、既に見通されていた構図である。本課題で対象としている『将門記』『陸奥話記』『後三年記』等は、閉鎖系の「知」の中で流布した作品群で、広く「読まされた」軍記とは言い難い。実態として「読まされていた」軍記は『将門純友東西軍記』や『前太平記』等であり、後に〈世界〉を形成するような軍書である。これらの作品群の位置を当初課題の作品群と相対化し、考察する必要性が高まってきたのである。 最終年度を迎えるにあたり、叙上の「次の課題」を見据えつつ、本研究の一定の区切りとなる成果を得るため、有効な方策を模索する時間も必要となってきている。
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Strategy for Future Research Activity |
次年度前半期はやや遅れている文献調査および地方在の研究者との研究打合せを中心に研究を推進していく。後半期については研究成果の公表に向けた論文執筆活動および課題の発展継続に向けた調査活動を実践していく。具体的には以下の通りとなる。 【軍記作品文献調査】尾張藩関係で未調査の文献調査の継続。稲葉通邦関係(西尾市岩瀬文庫、刈谷市村上文庫)や蓬左文庫蔵の未調査資料等が対象となる。また『陸奥話記』『後三年記』(=板本『奥羽軍記』)に関係する諸所蔵機関(加賀市聖藩文庫、金沢市玉川図書館、神宮文庫、島原松平文庫等)を訪れ、可能な限り原本調査を実践する。 【幕府および諸藩における史料調査】幕府対尾張藩については、享保の改革期の徳川吉宗と八代藩主・宗勝との対立、寛政の改革期にあっては松平定信と九代藩主・宗睦との協調、という対照的関係性が、尾張藩の文化諸動向に少なからぬ影響を及ぼしていると言える。初代藩主・義直の文化・学問政策の藩内継承と当代幕府への対応が、軍記作品の位置にも影響を及ぼしている可能性が想定される。叙上の着眼により、関係諸史料の調査にあたっていく。 【研究打合せ】寛政期の尾張・三河の文化状況に成果のある木村淳也氏(大分県立芸術文化短期大学)など、本研究に関わる先行研究をなす地方在の研究者を訪ね、研究打合せを積極的に実践していく。 【研究成果の公表】本年度、軍記・語り物研究会第432回例会(明治大学)にて口頭発表した「尾張藩と軍記物語 ―徳川義直(源敬公)を継承する諸動向をめぐって―」(5月21日)および関西軍記物語研究会第108回例会(同志社大学)にて口頭発表した「『将門記』の読みをめぐる試論―「少過を糺さずして大害に及ぶ」から―」(12月16日)について、質疑応答を踏まえ、学術論文を執筆する。また『奥羽軍記』(『陸奥話記』『後三年記』板本)についての論考についても成稿を進めていく。
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Causes of Carryover |
本年度使用額に限れば、ほぼ当初研究計画書記載通りに執行されたと言える。生じている次年度使用額については、令和4年度までのコロナ禍による研究停滞(旅費・物品費)で生じた未使用額をそのまま繰り越してしまった形となっており、取り戻すべき執行が昨年度の計画通りにできなかったことが理由となっている。 本年度の調査(旅費執行)は尾張藩関係(調査地・愛知県)に集中したため、最終年度である次年度は加賀藩関係資料(石川県)や文庫所在地(神宮文庫、島原松平文庫、狩野文庫等)へ調査活動地を拡大し、同時に地方在住の研究者との「研究打合せ」を活発化させる計画である。また、古書店在庫次第であるが『前太平記』等の軍書板本の購入も計画している。
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Research Products
(2 results)