2021 Fiscal Year Research-status Report
Textual Criticism, Prosopography, and Codicological Analyses of Peter Idley's Manuscripts
Project/Area Number |
21K00342
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Research Institution | Ishikawa Prefectural Nursing University |
Principal Investigator |
工藤 義信 石川県立看護大学, 看護学部, 講師 (70757674)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 写本制作依頼者の文学的関心 / 写本制作依頼者の社会階層 / 15世紀イングランドの地方商人 / 写本の収録作品にみる依頼者の関心 / 歴史的関心と韻文物語 / 歴史的関心と聖人伝 / 写本制作とナショナル・アイデンティティ / 収録テクストの使用言語 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、英国ケンブリッジ大学で所蔵されているペアの2写本を分析対象とし、ピーター・イドリー教訓詩のどのような受容を示したものであるかを多角的に考察した。写本内部の証拠と他の情報を照らし合わせることで、これらの写本が15世紀イングランドの地方都市の商人のために制作された書物として貴重な事例と考えられることを確認し、またそうした事例として、当時のリテラリー・カルチャーの理解のためにどのような示唆を有するのか吟味・考察した。分析可能な様々な観点の中から、本年度は特に、写本制作を通じたナショナル・アイデンティティの形成という観点で本事例が示唆することを中心に考察した。その研究成果を西洋中世学の国際学会で発表し、これが本年度の主要な研究実績を構成する。当該研究発表では、チョーサーの韻文物語やイングランド聖人伝の収録に、写本制作依頼者にとっての自国の歴史(とりわけイングランドのキリスト教化の歴史)への関心が読み取れることを指摘した。歴史的関心が歴史叙述のテクストのみに現れるのではないことを確認しつつ、分析対象写本が、地方の商人階層もまた写本構成と読書を通じてナショナル・アイデンティティの形成に主体的に関与していたことを示唆する事例であることを明らかにした。以上のように本年度の研究では、ピーター・イドリーの教訓詩を含むひとつの写本群に焦点を当て、ピーター・イドリー詩受容のひとつの文脈として、地方商人がどのような関心とともに所有写本の収録内容を構成したのかについて理解を深めることができた。さらに本年度後半は、そうした制作依頼者の関心とともにピーター・イドリーの教訓詩が収録されていることの意義という、本研究課題にとってより核心的な問題の分析を進展させることができた。その考察内容を含む当該写本群の総合的な研究成果を公表する準備が進んでおり、次年度中に研究論文を公刊する見通しである。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度の研究は、分析対象とした写本群が、写本制作依頼者について考えるための手掛かりが比較的明確に与えられている事例であることを踏まえて、制作依頼者の社会階層、収録テクストに見られる制作依頼者の文学的関心の追求、その営みのより大きな文脈における位置づけ、というように、写本および関連する資料から読み取れることを制作依頼者の文化的営為として説明を試みることで、中世後期イングランドの地方の写本文化の研究にとって有意義な成果が得られた。年度内に国際学会で研究成果を発表し、また次年度中に複数の研究論文を公表できる見通しであるため、成果公表のペースとして当初の予定通りに進められていると判断できる。ただし本研究課題全体の目的にとって、写本筆耕者の営みを浮き彫りにすることが重要であるため、本年度分析を進めた写本群に関しても、これまでの分析で得られた結果に加え、たとえば制作依頼者と筆耕者の推定される関係などを新たに視野に入れながら、筆耕者にとってのストーリーを描出する余地が残されており、それは次年度以降、他の写本の事例とも比較しながら進めていく課題となる。
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Strategy for Future Research Activity |
今後も現存する個別の写本もしくは写本群に順に焦点を当てていく中で、個々の写本に相対的に明確に与えられている手掛かりを重視し、イドリーの教訓詩の伝播の実態に深く関わる個別の写本の制作環境・制作事情を明らかにする研究を進めていく。同時に、各写本の筆耕者に関わる情報に注意を向け、地域社会における写本筆耕者の位置づけとテクスト転写の営みという、本研究課題全体が描き出そうとしている中心的事柄を念頭に考察を深化させていく。本年度は予定通り一写本群の分析考察を進めたので、次年度はまたある別の写本(群)に焦点を当てる予定である。また、次年度から次々年度にかけて、現存写本同士の関係を検討するためのテクスト批評を実践することを計画している。 当初の計画では、各年度で英国(一部はアイルランド、米国)の各地の図書館・公文書館で所蔵されている現物の写本や史資料を閲覧調査する予定であったが、主としてコロナウィルスをめぐる状況が原因で、海外滞在調査が可能となる条件が整わなくなっており、本年度は調査を実施できなかった。閲覧調査しなければ研究が完成できない史資料も存在する。とくに写本調査は、所蔵館から画像データが入手できる場合であっても、画像データから可能なことのみで分析が完了することはない。当面は、国内で入手可能な資料を用いて調査分析を進め、海外図書館・公文書館での調査が必要な史資料や分析の観点を整理し、渡航が可能になった時に集中的に進められるよう準備しておくこと以外に方策は考えられないが、仮にこのまま海外滞在調査が実施できない状態が続いた場合、個別の研究課題の完成と成果の公表が当初の計画よりは遅れる可能性も考えられる。
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Causes of Carryover |
コロナウィルスをめぐる状況により実施できなかった海外渡航調査に代えて、当初の計画よりも多くの資料の取り寄せ(画像やPDFデータの取得を含む)が必要となったことに加え、洋書資料の運搬料が高くなったこともあり、本年度後半に前倒し請求が必要となった。前倒し請求は10万円単位で請求することとなっているため10万円を請求したが、実際に必要なのはそれよりも少ない額であったというのが、次年度使用額が生じた理由である。当該助成金と、翌年度分として請求した助成金を合わせて、次年度海外渡航調査が実施可能な場合にはその大部分を旅費に使用する見通しであり、次年度も渡航が困難な場合は、本年度と同様、主として資料の取り寄せ、図書資料の購入、英語論文原稿の校閲料に使用する計画である。
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Research Products
(1 results)