2021 Fiscal Year Research-status Report
Vulnerability as a Beginning of Care in American Modernist Literature
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21K00348
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Research Institution | Tohoku Gakuin University |
Principal Investigator |
井出 達郎 東北学院大学, 文学部, 准教授 (60635986)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 傷つきやすさ / ヴァルネラビリティ / ケア / モダニズム |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は、伝統的に個人の自律性に重きを置いていたアメリカにおいて、とりわけその自己のあり方が国家および個人レベルで大きく揺らいだモダニズム期の文学作品群に注目し、個人の自律性の理念からは否定的に克服すべきものとされてきた「傷つきやすさ(vulnerability)」のモチーフを拾い上げ、それが他者への「ケア(care)」という積極的な意味の物語を生み出してきたことを浮き彫りにする、というものである。2021年度においては、まずF. スコット・フィッツジェラルドについて、2020年に石塚久郎監訳『医療短編小説集』に訳出された2つの短編作品を取り上げ、傷つきやすさというモチーフを近年の「責任/応答(responsibility)」論の視点から分析した。具体的な成果としては、日本フィッツジェラルド協会にてワークショップを行うとともに、同協会の協会誌『フィッツジェラルド研究』第5号にて単著論文としてまとめることができた。さらに、同協会の全国大会にて、フィッツジェラルド作品における時間の主題を、移ろいゆく時間に対する傷つきやすさという視点から論じる口頭発表を行った。またフィッツジェラルドに加え、ヘンリー・ミラーについて、哲学者ジョルジョ・アガンベンの「非の潜勢力」という概念を補助線とし、ミラー作品における「できる」という能力の欠如した受動的状態が、他者とのつながりをもたらす「書く」という能動的行為に導かれる、という特異なあり方を論じる口頭発表を行った。これからの成果は、特にコロナ禍以降に注目されている医療人文学やケア論という領域において、モダニズム期のアメリカ文学の作品群がもつ可能性を切り開くものになっていると考えられる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
ケア論としての傷つきやすさという主題を発展させるうえで、先行研究を確認しつつ、「責任/応答」、「個別なもの」、「移ろいゆくもの」、「非の潜勢力」といった、研究を広げるための具体的な視点を見つけることができた。これらの視点は、近年注目される医療人文学やケア論と照らし合わせる際の、本研究の独自性を打ち出すための基軸となった。その中で、フィッツジェラルド作品の傷つきやすさを「責任/応答」論から発展させる論文をまとめることで、そうした視点を個別な作家論として展開する足掛かりをつくることができた。加えて、フィッツジェラルドおよびミラーについてのそれぞれ口頭発表を行い、論文としてまとめる準備ができている状態にある。初年度の進捗状況としては、本研究の目的であるモダニズム期のアメリカ文学という範囲全体をまとめるための基礎的な土台を固めることができたため、研究はおおむね順調に進展していると考えられる。
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Strategy for Future Research Activity |
初年度の研究で得ることのできた具体的な視点に沿って、引き続き、ケアのはじまりとしての傷つきやすさという主題を個別の作家において展開させていく。まずは初年度に行ったフィッツジェラルドの時間に対する傷つきやすさについての口頭発表、ミラーの「できる」能力を欠いた受動的状態についての口頭発表を、発表時のフィードバックをもとに論文のかたちとしてまとめる予定である。加えて、本研究前に行ったハードボイルド小説における傷つきやすさのモチーフの口頭発表を、初年度にて得た責任/応答論という視点から検討し直し、従来は個人事業主としてアメリカ的セルフメイド・マンの典型とされていたハードボイルド探偵というキャラクターが、その対照性ゆえにかえってケアという主題と強力に接続しうる、という解釈を提示したいと考えている。全体として、こうした個別の作家論を通し、ケアという用語がもつ単純な介護や福祉のイメージに治らない、他者との多様なつながりとしてのケアという主題の豊かさを探っていく。加えて、最終年度に向け、個々の成果を「モダニズム期のアメリカ文学」という枠組みをまとめるための準備も進めていく。
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Causes of Carryover |
当初考えていた海外での発表や調査が、コロナウィルスの影響のために実現できなかったことが大きな理由である。2021年度も同じ状況が続くと考えられるが、繰越分は引き続き物品および資料の拡充に充てつつ、論文の英文校閲費として使用する予定である。
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Research Products
(3 results)