2021 Fiscal Year Research-status Report
現代の英語翻訳文学の自伝フィクションの観点からの考察
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21K00370
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Research Institution | Tsuda University |
Principal Investigator |
上神 弥生 津田塾大学, 言語文化研究所, 研究員 (10826580)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | 翻訳 / 自伝 / ライフ・ライティング / exile / 移民 / 英語翻訳文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究では異文化間、異言語間の移動を経験した作家が英語で書いた作品と英訳された作品を複数言語の文学的遺産に帰属するものとして捉え、覇権の言語の文学作品が「小さな」言語の文学的伝統から、いかなる創造的「恩恵」を受けているか考える。「国民文学」の枠組に収まらない言語的創造性を「自伝性」に注目して考察し、移動の経験の歴史的文脈と言語的背景の個別性に留意しつつ、作家たちの翻訳的に書く主体を「自伝的『私』」として、また作品をオルタナティブの自伝として位置づけることで、作家たちが描きだす「世界」の自伝性を照射する。 令和3年度は、レニングラード出身のSvetlana Boymの論考集Common Places(1994)を、亡命者の帰郷とその不可能性を主題にした短編小説"Romances of the Era of Stagnation"(1993)とあわせて考察した。Common Placesが亡命しなければ書かれえたかもしれない自伝についての考察であることを確認し、作者が(1)自伝性を「西欧」の学術的慣習からの逸脱を通して表現していること、(2)個人の書く主体としての確立が阻まれた全体主義社会では量産されたクリシェを個人が再定義するという「西欧」的伝統とは異なる形でライフ・ライティングが守られた可能性を論じていること、(3)そのような個の表現を通して冷戦体制崩壊後のクリシェと量の時代をクリティカルに照射していることを明らかにした。以上のことはBoymが「オフモダン」の概念で展開している思想につながるものであるが、ここから異文化異言語間の移動を経た作家の作品を読み解く際に、書くことをめぐる「西欧」的な慣習の相対化を試みる視座に注目することの重要性が確認された。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
当初計画していたVesna Goldsworthy、Carmen Bugan、Kapka Kassabovaの作品との比較考察まで進めることができなかった。しかし、Svetlana Boymの著作を自伝的に読み解くことによる「オフモダン」の思想の探求という当該年度の主たる研究目標は、ほぼ達成できた。
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Strategy for Future Research Activity |
上記の「研究実績の概要」において述べたように、令和3年度の研究目標に取り組む程で、書くことをめぐる覇権的言語の慣習、あるいはその言語が継続的に提示してきた慣習的な見方を相対化し、それらによって不可視化されてきたものに光を当てる視座に注目して考察することが新たな課題として浮上した。それは「小さな」言語の文学的伝統が、英語という「大きな言語」で書かれた作品にもたらす創造的「恩恵」の一つにほかならない。このことをふまえて令和4年度はSvetlana Boymの著作を、東欧出身で英語で創作する作家たち(Vesna Goldsworthy、Eva Hoffman、Domnica Radulescu)の著作と比較考察し、このような相対化する視座の個別性や多様性について考える。
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Causes of Carryover |
国外の書店に注文した複数の文献の到着が大幅に遅れており、当初の計画よりも使用額が少なくなった。また所属研究機関が提供するアクセス可能なデジタル資料の拡充にともない、デジタル資料取得のために国会図書館での調査する必要性が減じたため交通費を使用する必要性が減じた。以上の理由から生じた次年度使用額は、主に未到着の文献の購入に使用する計画である。
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