2022 Fiscal Year Research-status Report
トランスナショナルなコンテクストにおける現代アイルランド女性詩の挑戦と展望
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21K00387
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
池田 寛子 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (90336917)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | アイルランド文学 / 女性詩人 |
Outline of Annual Research Achievements |
現代女性詩人のうち、今年度はエレーン・ニクリャナーン、ヌーラ・ニゴーノル、ポーラ・ミーハンの三者に焦点を絞り、現代アイルランドを代表する詩人として伝統をどのように革新し、記憶を継承しようとしているかについての調査と作品分析を進め、論文を執筆した。この三人はシェイマス・ヒーニーのノーベル文学賞受賞を受けて創設された「詩の教授」に選ばれた経験を共有している。三者の詩作の土壌の中心に語りの伝統とフォークロアがあることに着目した。アイルランド土着の伝統からインスピレーションを得て、三人は今を映し出す物語を紡いでいる。それぞれの作品に息づいているのは、アイルランドと根源的な結びつきを有し、かつ国境を問わない深いレヴェルの記憶であることを明らかにし、三人の詩に見出される伝統革新の試みを辿り、それぞれがなぜどのようなかたちで記憶と向き合い、伝えようとしているのかを検証した。 詩の精読の成果を『英文学評論』で公開した。アイルランド最初の詩とされる「アワルギンの歌」への応答としての二篇の詩、アイリーン・ニクリャノーンの詩篇「捕獲」およびポーラ・ミーハン 「砦に戻って」について詳細を検討し、訳と評釈を作成した。アイルランド最初の詩人アワルギンの歌は、アイルランドの遠い過去についての想像力を掻き立てるのみならず、アイルランドを越える契機を内在させている。詩に刻まれているのは、人とこの地球の関係をめぐる詩人たちの深い瞑想の痕跡である。詩の語り手はトゥアタ・デー・ダナンの女性詩人である。ミーハンの詩はミレジアン族に侵略される民族の側からの「アワルギンの歌」への応答になっている。ニクリャナーンの詩では、自然環境と「私」の一体感に呼応する形で「フレーム」とその内部の入り組んだ関係がイメージ豊かに変奏されていることを解説として添えた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
エレーン・ニクリャナーン、ヌーラ・ニゴーノル、ポーラ・ミーハン の三人とはメールで直接やり取りできた。それぞれの全詩集と選詩集から、詩の精読と分析を進めた。 NY universityに30年近く前のエレーン・ニクリャナーンとヌーラ・ニゴーノルの朗読と対談を収録した貴重なVHS Videoのデジタル化を依頼し、その完成を待っている。 エレーン・ニクリャナーンの作品には境界、枠、フレームのモチーフが頻繁に出てくる。ニクリャナーンの詩からは、それらの必要性および、それらを無化することの必要性をめぐる詩人の哲学的瞑想の跡を辿ることができるが明らかになった。これについて全作品を視野に入れた論文を準備している。 オスカー・ワイルドの母Speranzaやマライア・エッジワースのニクリャナーンの関心から、カトリックやプロテスタントといった宗派の違いを超えたアイルランド女性作家としての連帯を探る傾向を検討した。
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Strategy for Future Research Activity |
2023年度中にアイルランドに出張し、ヌーラ・ニゴーノル、ポーラ・ミーハンと面談の予定である。面談までに、ニゴーノルの「アワルギンの歌」への応答の詩についての質問事項をまとめておく。
アイルランドではニクリャナーンが長年編纂してきた 詩誌Cyphersのバックナンバーの調査を進める。ニクリャナーンのエッセイ ‘Who Needs the Critics?’を入手する。
ヌーラ・ニゴーノルはアイスキュロスの古典的悲劇『ペルシア人』をアイルランド語に翻訳し、その上演がネット上で公開された。この翻訳はアイルランド独立百周年を記念する2022年へのニゴーノルの思いが込められているという。『ペルシア人』は、ペルシア戦争のサラミスの戦いにおける小国ギリシアが大国ペルシアに勝利とペルシア人たちの悲哀を描いた作品である。この物語がアイルランドの独立とどうリンクするのかに留意し、アイルランド語版を精読する予定である。
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Causes of Carryover |
校務が多忙を極め、またコロナの影響もあって海外出張のタイミングがつかめず、アイルランドでのフィールドワークができなかった。
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