2023 Fiscal Year Research-status Report
トランスナショナルなコンテクストにおける現代アイルランド女性詩の挑戦と展望
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21K00387
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
池田 寛子 京都大学, 人間・環境学研究科, 教授 (90336917)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | アイルランド文学 / 英語文学 / 女性詩人 |
Outline of Annual Research Achievements |
アイルランドでの資料収集:トリニティ・カレッジ・ダブリンの図書館、アイルランド国立図書館で資料収集を行った。 論文執筆に向けての作業:現代女性詩人エレーン・ニクリャナーン、ヌーラ・ニゴーノル、ポーラ・ミーハンについて調査と作品分析を進め、論文を執筆の準備を行った。それぞれの哲学的思考に迫るために重要な詩を丹念に読み込んだ。先行研究は多くないため、網羅的な収集と読解を進める一方で、これまで出版された3人の作品を徹底的に読み込み、それぞれの詩に現れる敷居、境界、中間地帯 (threshold, border, in-between), 裂け目(crack, gap, chasm) に注目し、そこで何が起こるのか、その背後に何があるのかを検討した。2024年出版のポーラ・ミーハンの最新詩集 The Solace of Artemisを一通り読み終え、精読すべき詩を選んだ。ミーハンの詩篇 ‘Old Biddy Talk’ の理解と分析のため、アイルランドの地母神信仰およびアイルランドの守護聖人でありかつ女神でもあるブリジットについて調査を進めた。詩人たちの散文やインタビューの再読・精読を進めたほか、ネット上で新たに視聴できるようになった講演や詩の朗読のサイトを活用し、書き起こし作業を行った。女性詩人たちによる古いアイルランド語詩の翻訳・翻案の試みに着目し、精読と原作との比較を行った。アイルランドのノーベル賞詩人W.B.イェイツの女性詩人たちへの影響を検討するため、現段階ではポーラ・ミーハンの作品への影響の分析に着手した。 成果の一部の公表:ポーラ・ミーハンの詩篇The Solace of Artemis を精読し、エコクリティシズムの視点からも注目すべき精巧な作品としての全体像を明らかにし、訳と評釈を『英文学評論』で公開した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
論集『アイルランド文学の核心』に論文「伝統の革新と記憶の継承」を寄稿したが、諸般の事情により出版が遅れている。これによって研究計画に大きな影響が及ぶことはないが、今後は出版へのプロセスが順調に進むように尽力しなければならない。本年度のアイルランドでの調査滞在の間に詩人ヌーラ・ニゴーノルに会う予定であったが、詩人のやむを得ぬ事情によりインタビューの機会が延期となった。次回の出張計画に沿って日程調整が必要である。4年間の計画の間、最初の2年間がコロナ禍の影響でアイルランドでの調査ができなかったため、国内でできること、とりわけ作品の精読に努めてきた。資料収集ができないという不利な事態を有効に活用するという点では大きな効果を上げた。同時に、図書館調査の遅れの影響は、現段階になってはっきり見えてきた点もある。女性詩人たちの初期の詩集が絶版になっており、ネット上でも手に入らず、また作品の初出の雑誌などにもアクセスできない。まとまった出張の時間を取ることは容易ではないが、今後はアイルランドでの図書館調査の遅れを取り戻すよう努める。
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Strategy for Future Research Activity |
詩における敷居、境界、中間地帯、裂け目の現れ方を分析する過程において、そのすべてに関わりのある「リミナル」という概念の重要性が浮上した。「リミナル」な空間は「端」や「辺境」とは違い、固定された場所ではなく、どこにでも生じうる宙吊り状態である。ある状態から全く違う状態への移行期を意味することもある。意識と無意識の境、自然と超自然の境には、変容の可能性が潜在する。「島」や「井戸」は通常「境界」とはみなされないが、詩人たちの作品においては別世界や無意識の世界に通じる境界という意味でのリミナルな場所になっている。「リミナル」な状態に向けられた詩人たちのまなざしに注目することによってさらに研究を推進していくことができる。2024年8月に東京の学習院大学でアイルランド国際文学協会主催による国際学会が開催される。こちらでの研究発表が決まっており、今までの研究成果を公表する。そこでの質疑応答で得られるコメントなどにも応える形で論文を完成する。
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Causes of Carryover |
9月のアイルランドでの調査期間が十分に取れなかったため、旅費を次年度に回し、まとめて調査を行うことにした。
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