2021 Fiscal Year Research-status Report
「日本」を語るオリエンタリズムと「民話」の「都市」・「資本主義」批判
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21K00388
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
遠田 勝 神戸大学, 国際文化学研究科, 名誉教授 (60148484)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 小泉八雲 / ラフカディオ・ハーン / 民話 / 木下順二 / ジャパノロジー / オリエンタリズム |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、研究実施計画にそって、三つの連続講演を実施した。 芦屋市立公民館において、令和3年度市民大学夏季集中「比較文化講座」の一環として「小泉八雲と国境を越えた日本の昔ものがたり」という題目のもと、第1回は「妻節子との出会いまで――明治の国際結婚と国際文学の誕生」(8月9日)、第2回は「亡き母と父の和解をねがって――「破られた約束」「お貞の話」「和解」を読む」(8月23日)、第3回は「名作「雪女」はどこから来て、なにを残していったのか?――「雪女」の誕生とその「子ども」たち」(8月30)を実施した。 本研究の目的・論点は二つあって、第一に、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)等、明治期の英米系ジャパノロジストによって英語化された、日本の伝説・物語などが、そこに含まれるリアリズムとサスペンスを基調とする近代西洋のナラティブと、オリエンタリズムに由来する他界・異文化描写により、日本の語り手たちに影響を与え、そこから「民話」と呼ばれる、新しい土着の「口承」文芸が誕生に刺激を与えていたことである。第二点は、そうして創出された「民話」が、戦後、禁圧された日本のナショナリズム・国家神話に代わる、安全な「懐旧」「愛郷」の物語として歓迎され、活字から舞台、テレビ・アニメへとメディアを超えて拡散していくなかで「都市」・「資本主義」的価値観への批判的傾向を強めていくが、このような「民話」の批判的視座には、もともと日本を語る英米系オリエンタリズムの旧日本賛美に内在していた、新日本及び西洋近代への批判的視座が、継承されていたことの論証である。今回の講演は、この論旨のアウトラインを小泉八雲の人口に膾炙した代表作をとりあげ詳細に分析することで、論証・提示した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究では、「民話」の「都市」「資本主義」的価値観への批判的視座の獲得と、メディアへの展開を検証するために、まず初めに、その転換を主導した木下順二とラフカディオ・ハーンの関係をとりあげ、両者の関係を作品の構造と執筆状況の検討から解明する。木下順二は、いうまでもなく戦後を代表する英文学者・評論家・劇作家であるが、その執筆活動のはじまりは、ラフカディオ・ハーンの研究であった。木下が、戦後、執筆・上演した『夕鶴』は、佐渡地方に伝わる単純な異類婚姻譚に、都市および資本主義批判を盛りこみながら、なおかつ、美しい郷土、懐かしい昔の物語という体裁を保つことに成功した民話劇の代表作である。この点、同じく異類婚姻譚の枠組みに危険なロマンスを組み込み、なおかつ、日本の口承「民話」という体裁を「偽装」することに成功した、ハーンの「雪女」に、その性質と構造が酷似していた。また木下は歌舞伎界から『夕鶴』の上演許可を求められ、その代わりとして「雪女」の戯曲化、歌舞伎化を行っていた。本年度は講演会という形式の利点を活かし、「雪女」のアニメ、映画化、地方民話の講演記録、『夕鶴』と歌舞伎版「雪女」の上演資料の比較など、視聴覚資料を交えながら、両者における、語りの技法と近代への批判的視座の獲得を論証した。
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Strategy for Future Research Activity |
木下順二の民話の特徴は、単純素朴な物語に、鋭い社会批判、とりわけ、農村社会と対立する「都市」「資本主義」的な価値観への批判を盛り込んだ点にあるが、チェンバレン、ハーンらの在日オリエンタリストによる日本の「物語」もまた、西洋近代への批判的視座を含んでいた。しかし木下が戦後の文壇に登場したとき、木下とハーンの政治的思想的スタンスは正反対の位置にあり、木下がハーンへの言及をやめたために、両者の関係が学術的に論じられることは、これまでなかった。しかし、それぞれが「民話」の近代化に果たした役割には共通点が多くあり、主要な作品における影響関係がなかったはずがない。本研究は今年度はまずこの課題に取り組んだ。 木下の「民話」における批判的視座を継承・発展させたのは、童話作家、松谷みよ子である。松谷の処女作『信濃の民話』は、出版界でベストセラーとなって、演劇における木下とともに戦後の「民話」ブームを牽引した。松谷はまた、当時、放送を開始したばかりのNHKテレビに人形劇の脚本執筆し、さらにはアニメーション映画への原作の提供なども行い、「民話」のマルチメディア化も先導した。木下、松谷の創始した戦後「民話」の特徴の多くは、その後の人気テレビ・アニメ『まんが日本昔ばなし』に結実する。現代の成人の多くは、こうして、「口承」でも「書承」でもなく、いわば「視聴承」により、「民話」にふれ、「ふる里」のイメージを形成したのだが、この番組、あるいはアニメ化された「民話」と、現代のわれわれが抱く「昔ばなし」や「ふる里」の概念の関係もまた、学術的には手つかずのままである。本研究は、今後、以上の二点を、具体的作品の構造と成立状況を通じて、専門分野横断的に考察・検証する。
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Causes of Carryover |
コロナの感染状況によって、出張先の施設の閉鎖や、出張の自粛が求められ、予定していた出張調査ができなくなったために生じた。次年度使用額については、昨年度、実施を予定した出張調査を今年度実施することによって、使用する予定である。
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Research Products
(3 results)