2022 Fiscal Year Research-status Report
1850年代及び1860年代のオーストラリア女性移民表象と国民意識形成の研究
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21K00391
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Research Institution | University of the Ryukyus |
Principal Investigator |
豊島 麗子 琉球大学, 国際地域創造学部, 教授 (30295290)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | オーストラリア女性移民 / 19世紀オーストラリア文学 |
Outline of Annual Research Achievements |
まずオーストラリア植民地の歴史や植民地の状況を概観しイギリス政府やオーストラリア植民地政府の植民地社会ビジョンを再検討した。また、女性移民に期待された役割、多様な階級的・社会的背景を持つ女性移民のオーストラリアへの移民動機や期待及び実態を再検討した。1850年代のゴールドラッシュ期は一攫千金を狙ってオーストラリアに渡った人々が多く、金鉱地のモラルは低下した。そのような時代にどのような女性たちがオーストラリア植民地へ渡りどのような生活を送っていたのかを探るため、金鉱地巡りを描いたEllen Clacy のA Lady’s Visit to the Gold Diggins of Australia in 1852 to 1853 を取り上げオーストラリア女性移民の多様な背景と経験を考察した。作品に描かれた女性移民のほとんどは直接・間接的に植民地建設を担う労働力であるが、これは女性達の英国及び植民地での社会的身分と密接に関係している。この作品の女性移民は中流階級女性が代表する、植民地浄化あるいはモラル改善を担う「家庭の天使」や「神の警察」というよりはオーストラリア植民地の厳しい自然や現実を受け入れながら植民地に適応し生き抜こうとする健気で逞しい女性達である。 この研究を通しゴールドラッシュ期のオーストラリア移民女性の背景や経験をある程度明らかにするとともに、移民女性の表象研究も進めることができた。成果は研究ノートとして本学の国際地域創造学部紀要に発表した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
研究が「遅れている」とした理由は、オーストラリア植民地の状況とオーストラリア女性移民の多様な状況や経験の考察・分析が十分でないためである。1850年代、特にゴールドラッシュ期の女性移民によるライティングの考察・分析を通して、女性移民の意識・役割・経験の考察・分析を継続して行う必要がある。特に女性移民のライティングがどのように植民地主義や帝国主義を承認しているか、あるいはそれらに抵抗しているかを探り、研究の次の段階へ繋げていきたい。
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Strategy for Future Research Activity |
研究遂行が遅れているため、研究期間を一年延長する予定である。以下は、期間延長を前提に修正を施した研究実施計画で、特に次の2点に集中して取り組む。まず19世紀オーストラリア女性移民による手紙、日記、回想録など、幅広いライティングを継続して精査する。また、それらのライティングの考察・分析を考慮しながら19世紀オーストラリア女性作家の作品における女性移民の表象とアイデンティを探る。扱う作品はCatherine Helen SpenceのClara Morison (1854)である。さらに、オーストラリア女性移民による多様なライティングと小説を精査し、国民意識の芽生えと形成を探究する。扱う作品はElizabeth Murrayの Ella Norman; or, a Woman's Perils (1864) を含む。研究成果は国内あるいは海外の学会で発表する。最終年度には研究成果を取りまとめて報告書を発行する予定である。
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Causes of Carryover |
2022年度にパソコンを購入予定であったが、2023年度4月の購入となったため、約15万円の備品費が未執行となった。また、2022年度に予定していた海外での資料収集及び研究発表をコロナ禍のため延期したため、旅費等が執行できなかった。2023年度(次年度)は、パソコンの購入と、延期した海外での資料収集及び発表の旅費等に充てる。
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Remarks |
「ゴールドラッシュ期の女性移民:『1852 年から 1853 年のあるレディーのオーストラリア金鉱地訪問』」『欧米文化論集』(67)72-86.
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