2021 Fiscal Year Research-status Report
The Role Keio University Played in the Early Modernist Context
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21K00398
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Research Institution | Keio University |
Principal Investigator |
巽 孝之 慶應義塾大学, 文学部(三田), 名誉教授 (30155098)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 南方熊楠 / 夏目漱石 / 小泉信吉 / 横浜正金銀行 / ヨセミテ国立公園 / 十二支 / 自然保護運動 / 神社合祀反対運動 |
Outline of Annual Research Achievements |
日本を代表する博物学者・南方熊楠が19世紀末のロンドン留学時代に横浜正金銀行ロンドン支店の多大なる支援を得ていたことは広く知られているが、そのキーパースンとして、研究代表者の祖父であり、のちに同支店支配人(支店長)から同行取締役となる巽孝之丞がいる。熊楠の日記にはおびただしく巽の名前が言及されており、それは全集版でも確認できるが、では果たして両者がいかなる対話を交わし、いかなる知的刺激を与え合っていたのかについては、これまで全く探究されてこなかった。当時の横浜正金銀行が一種のメセナとして若い学者研究者や作家芸術家を経済的に支援していたのは広く知られているものの、肝心なのは、それ以上の私的交流において、果たしてどんな話題が吟味されていたかということなのである。 この点に注目したのが、「南方熊楠のロンドン」(慶應義塾大学出版会)でサントリー学芸賞を受賞した南方熊楠研究の俊秀にして南方熊楠顕彰館の理事を務める志村真幸氏であり、氏の依頼で、 2021年9月から11月まで和歌山県田辺市の同顕彰館で企画された展覧会「熊楠とゆかりの人びと第42回:巽孝之丞と横浜正金銀行の人々」に資料提供やパネル製作、特別講演も含めて全面協力した(講演は研究代表者のパートナーにして文芸評論家の小谷真理氏との共同で行われた)。それと前後して、同年10月には、主題的に連動する日本ソロー学会の特別講演をも行なった。 片や19世紀中葉アメリカン・ルネッサンス文学の専門家たちを対象にしたリモート講演、片や南方熊楠研究の重鎮たちを対象に和歌山県田辺で行われた対面講演という形式的違いはあるものの、これまで以上に本研究における自然環境問題への関心が浮き彫りになった。特に後者は、実際に現地へ出張したことにより、研究代表者がかねがね考えていた明治時代における紀州藩の藩閥意識について、いっそう考察を深めるきっかけとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
コロナ禍のために、当初予定していたロンドン出張とそれに伴う大英図書館のリサーチにおいてやや遅れが生じているものの、それ以外の点、特に南方熊楠顕彰館理事で『南方熊楠のロンドン』という単著でサントリー学芸賞も受賞している志村真幸氏の企画した前掲展覧会のために資料整理しているうちに、巽孝之丞と横浜正金銀行の歴史的細部について、さまざまな修正事項が判明したことは、知識の再確認という点で非常に実り多いものであった。 本研究の最終的着地点は、巽孝之丞が、和歌山の小学校を出ただけでろくな学歴がないにも関わらず、横浜正金銀行ロンドン支店勤務時代に慶應義塾の特撰塾員に選定された背後には、学閥以上に紀州藩の藩閥が慶應義塾および横浜正金銀行共通の構造として発動していたことが大きいのではないかという仮説を提示することにあるのだが、その主張を生かすためには、『闘う南方熊楠:「エコロジー」の先駆者』(勉誠出版,2012年)の著書もあり、元和歌山県博物館勤務で現在南方熊楠顕彰会会長を務める武内善信氏による、上記展覧会資料の入念なチェックが不可欠であった。 加えて、同会が発行する学術誌『熊楠研究』に岩淵幸喜『熊楠と漱石:二人を取り巻く人々』の長文書評を寄稿したことも、当時の言説空間をより深く把握するために有益であった。 ちなみに、上記の 11月7日に行われた講演の全貌は, 2022年4月に入り刊行された同顕彰会が発行する機関誌『熊楠ワークス』第59号に掲載されたことも、付記しておく。
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Strategy for Future Research Activity |
研究代表者は 2021年4月から慶應義塾大学名誉教授となったが, 2022年1月からは慶應義塾ニューヨーク学院長を拝命し、研究環境に激変が起こった。ただし、かつて日本近代文学の立役者・永井荷風はまさに横浜正金銀行ニューヨーク支店に勤務しており、このロケーションは決して不利ではない。コロンビア大学やニューヨーク市立図書館などが最寄りであるという地の利を生かして、ニューヨーク史の中で横浜正金銀行が果たした役割をも考察していきたい。 幸い、ニューヨーク学院の所在地パーチェスは、最初のニューヨーク史を執筆した19世紀ロマン派文学者ワシントン・アーヴィングが居住し、現在ではその屋敷が文学館になっているタリータウンに非常に近い。アーヴィングの視点をも再構築することは、本研究にも大いに役立つだろう。 加えて、本研究ではこれまですでに助力を仰いできた、ロンドン在住の歴史家&作家・伊藤恵子氏は、ニューヨーク出張も頻繁に行っておられるため、互いの祖父がともに横浜正金銀行ロンドン支店の同僚であったという歴史的背景を、ともにますます深く探究していきたいと考えている。 もちろん、コロナ禍が一件落着すれば、再びロンドン出張も再開し大英図書館調査を続行したい。
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Causes of Carryover |
コロナ禍のために予定していた国際会議など海外出張の予定がのきなみ中止の憂き目に遭った。さらに、肝心の南方熊楠と巽孝之丞をめぐる調査においては、和歌山県田辺市における南方熊楠顕彰館からの招待講演では出張経費が先方負担となったため当科研費での支出が必要なかった。今後は、現在ニューヨーク在住という地の利を生かし、かつて永井荷風が勤務した横浜正金銀行ニューヨーク支店や、これまでにも調査を重ねているロンドン支店についても、更なる調査のための出張を続行する予定である。
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Research Products
(8 results)