2022 Fiscal Year Research-status Report
キプリングが描く「病い」の検証―大英帝国崩壊前後における不安の表象研究
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21K00400
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Research Institution | Tokyo University of Science |
Principal Investigator |
松本 和子 東京理科大学, 教養教育研究院葛飾キャンパス教養部, 教授 (90385542)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | キプリング / 病い |
Outline of Annual Research Achievements |
当該年度は、研究計画調書に記載した内容に沿い、①初期作品に扱われる病いの類型化、②「病い」を接点とした場合に関連性が求められる周辺作家の調査、③具体的作品をもとにした研究発表の三点に注力して研究を実施した。 ①については、先行研究をもとに「初期」の定義を明確にする試みから着手した。数年の差はあるものの『ジャングルブック』(1893) を中期の作品と位置付ける研究が多数あることから、本研究では①の作業を対象を1893年以前の作品を対象に絞ることにした。この時代の大半を占めるのはインド時代に執筆された作品であることから、自ずと病いは熱帯に特有のもの―日射病、暑さによる不眠、慢性疲労など―であり、特徴として特効薬がないことが示された。初期の作品に登場する病人が物語中で全快する事例がほとんどない理由はここにあると考えられる。②については obsession に目を向けて obsession に関して接点のある周辺作家を探してみた。obsession を選んだ理由は、2023年度の研究で扱う後期作品において obsession にとりつかれた登場人物が多く描かれているので、当該年度から関心を深めていくことを狙った点に求められる。探した結果、目に留まったのはジョウゼフ・コンラッドであり、彼の作中人物にみられる病的なobsession とキプリングの登場人物が患うobsession との相違点の洗い出しを行った。③については、『王になろうとした男』(1888年)を取り上げて論文発表を行った。同作品は荒唐無稽な冒険譚ですますことができそうな小説であるが、登場人物、特に主人公のドラボットの心の闇はコンラッドの『闇の奥』のクルツや『ロード・ジム』のジムといったobsession を病んでいる登場人物たちと重なるものであることを、彼が憑りつかれてしまった王国建設を視野に入れて検討した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
理由 主な理由は ①インド関係の初期作品は、たとえば召使の言葉などに使われている言葉の理解が一筋縄ではいかず、Kipling Dictionary やテキストの注を丹念に調べながら読んでいったことにより遅れが生じた。②コンラッドに関する調べものに多大な時間を要し、研究全体が失速してしまった。の二点である。
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Strategy for Future Research Activity |
研究全体が遅れ気味であるので、最終年度であることを十分に意識した腕その遅れの取り戻しを視野に入れて研究を遂行する。2023年度は後期の作品を注視する計画を立てており、キプリングの病いに対する関心が精神疾患と癌に偏ってきている理由を探るところからスタートしようと考えている。さらに多くの批評家が指摘するように女性登場人物が増えてくるのもこの時期の作品の特徴であることを重視し、女性登場人物が患う病いの検証にも力を入れる。さらに、第一次世界大戦が後期作品の病いの扱いにどのような影響を及ぼしたのかも探っていく。
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