2021 Fiscal Year Research-status Report
第二次世界大戦後のトリエステにおける「記憶の場」としての文学
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21K00411
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
志々見 彩 (山崎彩) 東京大学, 大学院総合文化研究科, 准教授 (30750046)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | イタリア文学 / トリエステ / 強制収容所 / 第二次世界大戦 |
Outline of Annual Research Achievements |
クラウディオ・マグリスの小説『公訴棄却』(2015年)について再検討をおこない、イタリア学会で発表をした。さらにそれに基づいて論文を執筆した。 また、記憶の文学、強制収容所ということに関連して、アウシュヴィッツ強制収容所で生き残り、後に作家となったプリーモ・レーヴィの作品についても検討し、彼が自らの体験を語る際にダンテ『神曲』や聖書からの引用を重ね合わせて、独自の想像世界を創り出したことを明らかにした。これについては論文を一本発表した。 マグリスの小説『公訴棄却』は、第二次世界大戦末期、1943年から1945年にトリエステにあったナチスの強制収容所「リジエーラ・ディ・サン・サッバ」についての小説である。この強制収容所には死体を焼くための焼却炉があり、そこで3000人から5000人が殺されたと言われるが、その全容は明らかになっていない。その理由として、ナチスが撤退の際に徹底的な証拠隠滅をおこなったことと、わずかに残った証拠も英米軍が本国へ持ち帰って開示不可資料としたことがあげられる。この謎の多い「リジエーラ・ディ・サン・サッバ」をめぐって展開される本小説は、虚構ならではのやり方で過去と向き合い、過去を再構築していると評価されるが、本研究においては、さまざまな過去の遺物とそれにまつわるエピソードが繰り広げられるこの作品がむしろ、不都合な過去を消失させることをめぐる考察であること、しかし、「消失」というテーマが小説内部でアイロニカルな形でねじれ、あり得ないことが「出現」することにより、物語に多様な要素を導入することを可能としていることを指摘した。さらに過去の作品やエッセイを検討し直すことにより、このような構成上の工夫が作家の詩学と共振していることを明らかにした。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
コロナウィルス蔓延のために、オンライン授業の準備などの業務が増えた。さらに、家庭においては保育園が週に何度も休園になったほか、子どもの精神的なケアも手厚くおこなう必要があったことにより、研究できる時間がコロナ渦以前よりも確実に少なくなってしまった。加えて、移動制限のために海外渡航はできなくなり、資料収集なども滞っている。そのため、クラウディオ・マグリスの小説についての検討はできたが、その次の作家マリーザ・マディエーリの作品の考察までには至らなかった。
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Strategy for Future Research Activity |
①マリーザ・マディエーリ、フルヴィオ・トミッツァ、エンツォ・ベッティーザといった、第二次世界大戦後にイストリア半島など旧ユーゴスラビア領土から難民としてトリエステへやってきたイタリア語作家たちの作品を、執筆当時の社会的状況も念頭におきながら検討していく予定である。 ②加えて、「記憶」に想像力を加味して「小説」として書くという作業については、プリーモ・レーヴィの作品についても研究を続けたい。 ③さらに、日本ではまだあまり紹介されていないクラウディオ・マグリス作品の翻訳にも着手したいと考えている。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、昨年度イタリアへ行って資料収集をするための旅費をまったく使えなかったことが大きい。現地での資料収集がなかったため、資料収集のための予算も十分には使用できなかった。今年度は、イタリアへ行くことを計画している。また、インターネット書店を活用して海外図書の購入も積極的におこなっていく予定である。
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Research Products
(2 results)