2022 Fiscal Year Research-status Report
第二次世界大戦後のトリエステにおける「記憶の場」としての文学
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21K00411
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
志々見 彩 (山崎彩) 東京大学, 大学院総合文化研究科, 准教授 (30750046)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | イタリア文学 / 第二次世界大戦 / トリエステ / 記憶 |
Outline of Annual Research Achievements |
凄惨な過去の記憶をどのように語りうるかということについて、アイロニーに注目してクラウディオ・マグリスの小説を考察した。まず、マグリスが1970年代からイタリアの日刊紙『コリエレ・デッラ・セーラ』に寄稿してきたエッセイを読み、マグリスにおけるアイロニーの定義を検討した。その結果、70年代から現在に至るまで一貫してマグリスが実際に起きた出来事のアイロニックな解釈を重要視してきたことが確認できた。その後、ここで抽出されたマグリス独自のアイロニーの概念に基づいて2015年の小説Non luogo a procedereを再検討した。そこから、この小説がマグリス独自のアイロニーの概念が駆使されていることが明らかになった。またそれによって、断片的な「記憶」をさまざまな角度から描き出すことが可能となり、さらには、ある地域史が全ヨーロッパ的な広がりを持った小説として描き出されうることが明らかになった。このことについて論文を執筆した。 一方で、過去の記憶、記録ということに関連して、イタリアの20世紀に活躍した女性作家が女性の視点による文学をどのように創造したか、また、これらのイタリアの現代女性作家の作品がどのように日本に紹介されたかを検討して、単行本『日本におけるイタリア文化』(共著)の一章を執筆した。これは、今後、トリエステの女性作家について考察するための準備作業ともなっている。 さらに、昨年から引き続き、アウシュヴィッツ強制収容所から帰還して作家となったプリモ・レーヴィの幻想小説についても検討し、論文として発表した。そこでは、出来事の記憶ではなく、その時の感情の記憶が幻想小説として描かれていることを確認し、さらに、空想的な設定にすることで、小説が個人的の記憶や証言といったものを離れ、より普遍的な物語に昇華されていることを指摘した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
2022年においてもコロナ禍の影響は大きかった。また、人数の少ないイタリア語教員の一名がサバティカル休暇を取ったために、その負担がかなり重かったことも否定できない。さらに、コロナ禍による移動制限やロシアとウクライナで起きている戦争のために、海外渡航をして資料収集をすることも、計画はしたのだが、最終的には諦めざるを得なかった。そのため、資料がすでにある程度揃っているマグリスの研究は進んだものの、マディエーリなど他の作家の研究が遅れている。
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Strategy for Future Research Activity |
第二次世界大戦後、旧ユーゴスラヴィア領土であったイストリア半島からイタリア系住民が大量に難民としてトリエステへやってきたが、その中のひとりで、幼少期に難民としてトリエステにたどり着いたマリーザ・マディエーリ(1938-1996)は、その短い人生の晩年にいくつかの小説を遺した。彼女の作品を、代表作Verde acqua (1987)から短篇小説、またエッセイまで、執筆当時の社会的状況も念頭におきながら検討し、避難民としてイストリア半島からやってきた幼少期の「記憶」が時を経て「小説」として結晶化されたときに、どのような表象として描かれうるのか考察していく予定である。記憶を小説として書くという作業については、同様に難民としてハンガリーからイタリアへやってきて、その後トリエステに住み着いたジョルジョ・プレスブルゲルの作品も分析したい。 また、実際に体験したことを小説にするということに関して、アウシュヴィッツ強制収容所で極限的な経験をして、その後に作家となったプリーモ・レーヴィは、厳密にはイタリア東北部の作家ではない(むしろ西北のトリノ人である)が、レーヴィのテクストはかつて素朴に受け取られていたように事実に基づいた証言というよりは、むしろ小説として書き方の工夫が凝らされたテクストであり、そのように見た場合に、レーヴィが記憶を保存しておく場として文学をどのように使いこなしたのか。その語りの技法についてもより深く考察すべきではないかと考えている。さらに、日本ではまだあまり紹介されていないクラウディオ・マグリス作品の翻訳に着手しなければならない。さらに、今年はイタリアへ行き、トリエステの作家たち、さらにプリーモ・レーヴィの資料収集をおこないたい。
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Causes of Carryover |
次年度使用額が生じた理由は、昨年度もまたイタリアへ行って資料収集をするための旅費をまったく使えなかったことが大きい。現地での資料収集がなかったため、資料収集のための予算も十分には使用できなかった。今年度は、イタリアへ行くことを計画している。また、引き続きインターネット書店を活用して、必要な海外図書の購入も積極的におこなっていく予定である。
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Research Products
(2 results)