2022 Fiscal Year Research-status Report
Study on Italian War POW "Concentration Camp Literature": Toward the Construction of "World History of POWs"
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21K00428
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
土肥 秀行 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 准教授 (40334271)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 収容所文学 / トラウマ文学 / 捕虜の世界史 / 現代イタリア文学 / 捕囚とジェンダー |
Outline of Annual Research Achievements |
研究の2年目は、前半はコロナ禍ゆえ海外渡航ができず、文学を含む一次大戦研究の拠点である近現代史料館(ローマ)での一次資料を含む分析対象の精査は行えなかった。また研究協力者の同資料館教授セルジョ・ライモンド氏がこの間亡くなられたことも受け、アプローチ先の変更を行った。前年度から関係を築きつつあった、一次大戦の戦争捕虜研究を担ってきたジョルジョ・ミロッコ氏への訪問はかなわなくとも、引き続きEメールによる情報交換を行うことにした。また南京大学教授の孫江氏から、一次大戦時の英字新聞記事を送っていただいた。これらが7月のPOW研究会での講演に活かされている(会員のエキスパートの方々とも活発な議論ができた)。 その後、予定していたエジンバラ大学訪問が9月に叶い、収容所文学の代表的な作家、カルロ・エミリオ・ガッダの研究センター代表のダヴィデ・メッシーナ教授ならびに講師のエマヌエーラ・パッティと直接意見交換ができた。また先方の要請にもとづき行った講演会においても公開でやりとりができた。ガッダに近い現代の作家パゾリーニについての講演会である。 また、ペルージア外国人大学准教授のシリアーナ・ズガヴィッキア氏の招待をうけ、12月のシンポジウムに参加することで、収容所文学とトラウマ文学の地平に、あらたにジェンダーの視座を足すことができた。ズガヴィッキア氏は『“彼女”の文学』Romanzo di leiという研究書で、イタリア文学における女性性を他の誰よりも探求してきたからである。具体的にはルーチェ・デーラモ(女性、ユダヤ人)が重要な研究対象として加えられた。性、人種、言語といったあらゆる違いが反映される、いわゆる「創作」の源として収容所(存在の猶予期間たりえる場)をとらえ直すことを目的とする。総じて二年目は、研究の区切りとなる次年度にむけて、よい準備期間となった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
計画の二年目においては、年度の終わり近くになって発刊された共編の『イタリアの文化と日本、日本におけるイタリア学の歴史』(松籟社刊)で、「収容所文学」のようなパラ文学の視点を、大局的な歴史記述に活かせることができた。 年度を通じて検討してきた小説家ガッダの収容所体験は、直接的な戦闘はないにせよ、その後の彼の文学作品に繰り返し影響を及ぼすトラウマ性の認められるものであった。トラウマ性のある体験を根とする「収容所文学」の一面を、トラウマ文学として捉え直していく。1965年の発表以来、完全版がまたれていたガッダの収容所体験を含むる「手帖」も、没50年を記念して新版が発表された。まさに理論と素材の両面で充実化の図られる年となった。収容所文学がトラウマ文学でもあるとの見立は、ガッダならびに、その収容所仲間であるボナヴェントゥーラ・テッキの記録にもあてはまることである。トラウマ理論におけるバイアスのかかった記憶が「記録」としての文学をなすので、戦争時の捕囚と、その後も継続される捕囚=トラウマとを、記録と記憶の関係で結ぶことができる。 また女性という、文学の枠外、捕囚の枠外の声もありうることに気付けたのも大きな収穫である。枠外からは、意思をもって参加することが必要である。イタリアのルーチェ・デーラモは、志願して労働者としてフランクフルトの施設、それからダッハウ収容所に入り、生き延びたのだった。そして作家として自伝に昇華する。そのような異常と過剰を、「通常の」収容所体験と収容所文学というジャンルのなかでいかに位置付けるか、大きな課題を得た一年であった。活動に制限はあったものの、研究の地平は予想以上に広がったといえる。
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Strategy for Future Research Activity |
最終年の一年は、総括の年として、所属するイタリア近現代史研究会とPOW研究会を通して、戦争捕虜資料研究の発表と機関紙投稿を行う。鳴門のドイツ館史料研究会(鳴門市立ドイツ館が拠点)でも口頭発表と論文発表の機会を求めていく。口頭発表と論文発表のプランは、研究協力者である同館館長森清治氏の助言をもとにしていく。本研究の集大成として、収容所文学から「捕虜の世界史」を提起する有効性を試す場となる。 海外においては、中国は青島(ドイツ租借地)、天津(イタリア租界)を資料探索を目的としつつまわり、南京大学教授で孫江先生のもとで講演を行う。青島の戦いに参加できないまま、中国に残ったオーストリア=ハンガリー帝国海軍のイタリア兵は北京近郊の収容所に集められ、一次大戦終結までとめおかれていたことはわかっているが、それが正確にはどこなのかはっきりしていない。この点をつきつめてみたい。 また11月にはシエナ外国人大学で、准教授であるダニエーラ・ブロージ氏の依頼で、11月に共同で同大学でワークショップを行う。現代イタリア文学における妄執とトラウマをテーマとする予定である。2024年2月~3月はボローニャ大学で客員教授として数回講義を行う。芸術学部の学生を相手に、捕囚やトラウマを鍵に文学を語ってみたい。コロナ禍の厳しいロックダウンを経験し、遠くない国での戦争にリアリティを感じている学生がどれだけ身を乗り出して聞いてくれるだろうか。ものは試しである。
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Causes of Carryover |
コロナ禍により出張(国内・海外)が減り、出張分は次年度にまわし、コロナによる規制がない状態で調査やアウトプット活動をするため。
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Research Products
(16 results)