2021 Fiscal Year Research-status Report
A Study of Sillius Italicus' Punica
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21K00434
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
高橋 宏幸 京都大学, 文学研究科, 教授 (30188049)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | シーリウス・イタリクス / 『プーニカ』 / ラテン文学 / 歴史叙事詩 |
Outline of Annual Research Achievements |
口頭発表 髙橋宏幸「シーリウス・イタリクス『プーニカ』15.1, 17.1の提示」(2021年10月9日、フィロロギカ研究集会、オンライン開催)。 内容概略:第15歌冒頭行には、ウェルギリウス『アエネーイス』第4歌冒頭のディードーのcura(「懊悩」)を想起させることで、第17歌に向けて元老院のcura(「懸念」)が最終的に大スキーピオーのcura(「懸案」)と同調し、カルターゴーの破滅を目指す展開を予示する働きが見られた。自分の若さに対する元老院のcuraをヒスパーニアでの勝利によって解消した大スキーピオーは自身のより大きなcura、つまり、アフリカに侵攻し、いまはcura(「懸念」)のないカルターゴーを脅かす作戦に元老院の賛同を得る。『アエネーイス』ではディードーのcuraが「婚礼」によって解消したかに見えたあと、アエネーアースのカルターゴー退去によって怒りに膨れた大きなcuraに変化してカルターゴーの破滅の始原をなすと語られたのに対し、『プーニカ』では元老院のcuraを凌駕する大スキーピオーのcuraがカルターゴー破滅の道筋を示している。他方、第17歌冒頭行はハンニバルをウェルギリウス『アエネーイス』における女神ユーノーの怒りの体現者としてのトゥルヌスおよび「異国の敵」としてのアエネーアースとの類比と対比のうえに提示していることが観察された。ハンニバルとトゥルヌスはともにユーノーの怒りを体現するが、ユーノーの怒りは、女神が戦場を去ってトゥルヌスが命を落としたあとも消えずに、新たな体現者としてハンニバルを見出すのに対して、ハンニバルは、ユーノーが去るとき、命を長らえるのと裏腹に、自身がローマへの脅威となることも、自分のあとを引き継ぐ存在をもつこともない。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本研究は、シーリウス・イタリクスの歴史叙事詩『プーニカ(Punica)』全17歌について、叙事詩の伝統との関係、歴史著作との関連、詩人の生きた時代といった作品の置かれた「文脈」の検討を通して文学表現の特色をさぐり、そこから、作品の独創性と卓越性、および、西洋古典文学の伝統におけるこの叙事詩の位置づけを明らかにすることを目的として出発し、(1)基本データの確認整理として、(1.1)本文批判上のデータ確認と整理、(1.2)本邦初訳となる作品の邦訳作業、(1.3)作品の特徴的文体の用例の収集とそれらの効果についての検討、(1.4)詩句のレベルでモデルとなった先行作品との比較を行ないつつ、(2)作品の「文脈」をめぐって、(2.1)神話的枠組みと叙事詩の諸技法という二つの観点から叙事詩の伝統との関係、(2.2)題材としての歴史著作の取り込み、(2.3)フラーウィウス朝期叙事詩としての位置づけについて検討したうえで、(3)作品全体を俯瞰する解釈を目指す。 研究初年度である2021年度は上記の(1)全般と(2.1)について少なからず進展があった。 (1.2)邦訳作業はほぼ終了し、『ポエニー戦争の歌』(全2冊)の題名のもとに京都大学学術出版会西洋古典叢書として2022、2023年度に刊行予定である。邦訳は必然的に(1.1)本文批判の作業をともなった。 「研究実績の概要」の項に記した口頭発表は(1.3)、(1.4)の作業のうえに(2.1)の検討を行なった成果であり、論文として『フィロロギカ』第17号(2022)に掲載が決定している。
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Strategy for Future Research Activity |
ほぼ終了した邦訳作業(「進捗状況」参照)の過程で、刊行予定の邦訳書の解説および訳注に題材としての歴史著作の取り込みに関わる記述を必要に応じて個別に行なった。これらをいま一度見直し、とりわけ、リーウィウス『ローマ建国以来の歴史』とポリュビオス『歴史』に記されたところからの詩人による題材の取捨選択、出来事の時間的順序の組み換えなどに留意しながら、その表現意図と効果を検討する。 「研究実績の概要」の項に記した口頭発表は、『プーニカ』』第15歌、第17歌冒頭行の提示を例として、叙事詩の伝統の中でシーリウス・イタリクスにとってウェルギリウス『アエネーイス』が『プーニカ』の範としてきわめて重要であること、また、詩人がこの建国叙事詩について深い理解のもとにその構造や物語展開を巧みに自身の詩作表現に利用していることに論及した。この方向での検討を作品の他の個所に広げ、より深く掘り下げる。 2021年度は感染症拡大のために海外学者との直接的な意見交換を進めることが難しかったが、状況の改善があれば、積極的に行なう。
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Causes of Carryover |
感染症拡大を考慮して予定していた旅費および人件費・謝金の使用を控えたため、少しの残額を生じた。その分を次年度に持ち越して使用する。
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