2022 Fiscal Year Research-status Report
近代ドイツにおける〈身体〉の啓蒙 ―汎愛主義体育の思想的研究―
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21K00449
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Research Institution | Fukuoka University |
Principal Investigator |
田口 武史 福岡大学, 人文学部, 教授 (70548833)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 身体 / 体育 / 汎愛主義 / グーツムーツ / ナショナリズム / 機械論的自然観 / 陶冶 / 規律 |
Outline of Annual Research Achievements |
18-19世紀転換期の政治動向が、グーツムーツの体育教育思想に及ぼした影響を明らかにするため、彼の主著『青少年の体育』の初版(1793年)と第2版(1804年)をテクストに即して詳細に比較し、それぞれの特徴と改訂方針を検討した。 〇政治的側面:【初版】思想的党派性の薄い、合理的で実用的なマニュアル書。身体訓練を学校で実施するための方策を示す、いわば学習指導要領。【第2版】現社会体制の中で、中間市民層が(体育をとおして)国家や社会に対して果たすべき責務を強調。身分制社会とそれに起因する諸問題に対しては同情的だが、積極的な策は示していない。 〇科学的側面:【初版】あらゆる運動が身体の特定部位、あるいは全身の機能・柔軟性向上という明確な目的をもって指南されている。精神力強化という効用も、ある種の生理現象として説明。【第2版】科学的・分析的な記述がさらに徹底されている。医学用語や数値的データの追加により説得力を高めようとしている。 〇陶冶的側面:【初版】どんな人間も生来活動的であるという確信。個々人の進歩を精密な測定に基づいて評価することで、たゆまぬ能力開発を促す。【第2版】ゲルマン人への言及がすべて削除された(ゲルマン人と現代ドイツ人に連続性を持たせると、現代ドイツ人の身体が遺伝的に規定されてしまうからであろう)。体育による自己陶冶は、個人の倫理的責務であることが示されている。 後に愛国主義運動の一翼を担うグーツムーツであるが、『青少年の体育』の改訂においてはまだ、ドイツという国家ないし自国民・自民族に対する特別な意識は認められなかった。むしろ科学的合理性と普遍妥当性の重視と個人志向が顕著であり、また一貫した執筆方針となっている。自律的個人(特に青少年)の実現および自律的個人による近代社会建設というビジョンが、ドイツにおける近代体育教育の出発点にあることが確認できる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
啓蒙家グーツムーツによる汎愛主義体育のベクトルが、どの時点で「個人の心身に対する啓蒙」から「国家社会と集団への寄与」へと変化したのか(あるいは潜在的ナショナリズムが顕在化したのはいつか)を探るのが、今年度の目標であった。そこで、ナポレオンによるドイツ侵攻直前に出版された『青少年の体育』第2版を検討したのであるが、上述のとおり、そこでは初版と同じく機械論的自然観に基づく主張が――むしろ、より先鋭化されて――提示されていた。グーツムーツが右傾化する決定的契機は、当初予測したとおり、祖国占領という体験にあったことが確認されるとともに、優れて啓蒙主義的だった汎愛主義体育が、祖国占領という体験を経て、一気にナショナリズムに染まったことも明らかになった。これらにより、次年度の研究を進めるうえでの確固たる考察基盤ができた。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでの考察をふまえて、以下の総括的考察を行う。 ①グーツムーツの体育には、汎愛主義教育の限界ないしは発展的解消の契機が指摘できるのではないか。汎愛主義は一時期ドイツの教育改革を先導したが、ナポレオン戦争敗戦後(プロイセン改革期)/啓蒙主義の衰退後はW.v.フンボルトの人文主義的教育思想にとってかわられた。なぜこのような潮流の変化が生じたのか、またそれは近代体育教育にとって何を意味するのか。 ②グーツムーツの体育を見学したF.L.ヤーンは、私的で自発的な青少年クラブとして同種の体育教育活動を開始した。学校における教師であり続けたグーツムーツとフリーの社会活動家・政治思想家となったヤーンという対比から何が読み取れるか。 ③グーツムーツの体育(Gymnastik)は、19世紀に入るとヤーンの体育(Turnen)に吸収されたようなかたちとなった。『祖国の男児のためのトュルネン書』Turnbuch fuer die Soehne des Vaterlandes.(1817)に見られるごとく、後にグーツムーツ自身もTurnenという用語を使うようになった。ではグーツムーツは、ヤーンと同じ意味でナショナリストになったのかであろうか。Gymnastikは、Turnenとなる際に本質的に変化しなかったのか。 ④これらの問いは、ともにヨーロッパ社会の近代化に伴って勃興してきた体育とナショナリズムが、そもそも内的親和性を持つ(同じ思想的土壌から芽吹いた)ものなのか、あるいは特定の歴史的条件下で体育がナショナリズムの道具として利用されただけなのか、さらにまた体育がナショナリズムを自己正当化のために必要としたのか、という最終的な検討課題につながる。
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Causes of Carryover |
本来ならば2022年度中に資料調査のためドイツへ出張する計画であったが、依然として新型コロナウィルスの影響が残っており実現できなかった。さらに、資料調査時に使用するモバイルPCをこの補助金で準備する予定であったが、出張延期に伴ってこれも次年度へ延期することとなった。 あらためて2023年8-9月にドイツで資料調査を行う予定である。またこれに備えて、モバイルPCを購入する。
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