2021 Fiscal Year Research-status Report
インド古典から日本古典へのもう一つの道:東南アジアを経由する文学の流れを探る
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21K00450
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Research Institution | Otaru University of Commerce |
Principal Investigator |
中村 史 小樽商科大学, 商学部, 教授 (20271736)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | スダナ / マノーハラー / ジャータカ |
Outline of Annual Research Achievements |
インド古典文学の日本古典文学への流入については、仏典を介しての北方(シルクロード)経由がよく知られている。本研究が焦点を当てるのは、別の重要な流入経路としての南方(東南アジア)ルートである。そこでまず、インド古典の「スダナとマノーハラー」と、東南アジア起源とされる日本古典の「海幸山幸」神話(8世紀初)を取り上げた。「スダナとマノーハラー」では夫が異郷の妻の許に赴き、「証拠の指輪」を侍女の水瓶に入れ妻に連絡をする。「海幸山幸」では、男性主人公が妻となる異郷の女性の許に赴き、その訪問を知らせるため、侍女の水瓶に首飾りの玉を託す。インド古典には「証拠の指輪」によって夫婦が再会を果たすという例が幾つもある。『シャクンタラー』(4世紀後半-5世紀前半)、パーリ語『ジャータカ』(5世紀頃)に、王が妻となった女性に証拠の指輪を与え、後にそれによって女性と再会し息子を認知するというストーリーがある。『ラーマーヤナ』にも、ラーマの使者ハヌマットが攫われたシーターに、証拠の指輪を見せる場面がある。「スダナとマノーハラー」の証拠の指輪はそうした古代インドの文学環境にあっての一ヴァージョンである。「スダナとマノーハラー」は、説一切有部の『ムーラサルヴァースティヴァーダ・ヴィナヤ』「バイシャジヤ・ヴァストゥ」、『ディヴィヤ・アヴァダーナ』、大衆部の『マハー・ヴァストゥ』にある。また、ボロヴドゥールの彫刻(8世紀末-9世紀半ば造営)に見られる。また、漢訳に呉・康僧会訳『六度集経』と、唐・義浄訳『根本説一切有部毘奈耶薬事』に見られる。「スダナとマノーハラー」には少なくとも二系統あるが、「証拠の指輪」を侍女の水瓶に入れ妻に連絡をする形はいずれにも入っている。 本研究では、このモチーフが、東南アジアに流布したインド起源の「スダナとマノーハラー」物語に由来することを実証した。まもなく公刊される予定である。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
新型コロナ感染拡大のため、学内業務(特に授業関係)の量が相当に増加したため、研究に充てる時間とエネルギーが減らざるを得なかった。また、様々な知見や情報を得るための出張がほとんど不可能になったために、残念ながら、このように、「やや遅れている」という状況となっている。 ただし、ほとんどの学会・研究会がオンライン開催になったことによって、(北海道という場所にいながらにして、)これまでには考えられなかった、海外・国内の、多岐にわたる分野の学会・研究会に、多数参加することが出来たのは望外の成果であった。
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Strategy for Future Research Activity |
令和3年度の作業・考察を通じて、「スダナとマノーハラー」物語の流布の広さと影響力の強さが明瞭になって来た。この後しばらく、この物語の影響を受けたと推測している他の物語との比較研究を並行して続けていくことを考えている。
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Causes of Carryover |
令和3年度は、新型コロナ感染拡大によって、学会・研究会参加や調査のための海外・国内出張旅費を全く支出することが無かった。そのため、次年度使用額がかなり生じている。新型コロナ感染状況を見極め、また、学会・研究会の開催形態(対面で行われるか否か)をも考慮して、次年度・令和4年度に支出することを考えている。
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