2021 Fiscal Year Research-status Report
トルコにおける伝統的美意識の変遷と「辺境化」の過程についての文学(史)的基礎研究
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21K00889
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Research Institution | Osaka University |
Principal Investigator |
宮下 遼 大阪大学, 言語文化研究科(言語社会専攻、日本語・日本文化専攻), 准教授 (00736069)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | トルコ文学 / オスマン帝国 / トルコ / トルコ文学(史) / オスマン帝国史 / トルコ史 / イスラーム / 中東 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度(2021年4月1日~2022年3月31日)は、本「トルコにおける伝統的美意識の変遷と「辺境化」の過程についての文学(史)的基礎研究」の初年度に当たり、昨年度まで本実績報告者が研究代表者を務めていた科学研究費「オスマン帝国における文化的選良層の社会生活と美意識の変遷についての社会史研究」(若手研究B、2017-2020)の研究成果も加味しつつ、イスタンブール都市史を扱った単著『物語イスタンブールの歴史:「世界帝都」の1600年』中公新書, 2021、および報告者の行った国内での研究発表に基づく論文「記憶の沈黙:オルハン・パムク『静かな家』におけるセラハッティンの『百科事典』をめぐって」『れにくさ:現代文芸論研究室論集』12巻, 2022, pp. 8-18が公刊された。単著は本研究におけるメインフィールドであるイスタンブールの歴史を総括し、本研究の基礎となる業績に数えられる。また前記の論文は近代トルコにおける俗流唯物主義を扱い、同地域の美意識の西欧化における思想的背景を扱い、本研究に所縁に深い内容となっている。また、このほかに国外で行った講演会に基づきつつ、日本におけるトルコ文学研究状況と翻訳を扱った論文Ryo Miyashita, “Japonya’da Turk Edebiyati Cevirisi ve Arastirmalari, Turkiye’de Japonya Arastirmalari, Vol. 4, 2021, pp. 356-365が公刊された、こちらは将来的な本研究の学際的展開にとって重要な布石となる成果と言える。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
本年度は、本研究課題の1-2年目に行われるべき研究項目「Ⅰ.文人の辺境化の過程」のうち初期段階に当たる①「「文人」の社会的地位の変遷:詩人、改革派官人、作家、物書く農民」の遂行年にあたる。本研究項目の目的は、オスマン帝国~トルコ共和国において言語的美意識の形成を窺うべく、伝統的芸術の本道を担った「詩人」と、19世紀半ばより散文による物語創作という西欧的文芸スタイルを行いはじめた「作家」の双方を包摂する「文人」という人間集団を想定し、その社会的構成身分の変遷を明らかにすることである。詩人列伝史料および、紳士録史料の分析を踏まえつつ、おおむね18-20世紀に取り上げるべき主だった「文人」の選定を終えつつ、帝国末期の非トルコ語母語話者のムスリム文人たちの文学論の考察を開始しており、この点は予定通りに進行している。 一方、共和国期の農民作家の大半はトルコ語科クルド語を母語とするものの、民族国家として体裁を整えつつあった共和国において、母語よりもトルコ語の「方言」(とくにアナトリアの諸方言)の文学的役割を増す現象をいかに考察すべきかという、新たな課題も見つかり、目下は文学的言語としてのオスマン語、トルコ語、アナトリア方言の非対称的な関係性の整理を進めているところである。この点に関しては、本研究課題のもっとも大きな命題である「辺境化」の根幹にかかわるため、新たな研究視座としてHeyden Whiteの歴史叙述理論の援用による文学(的)言語の再定義によって解決される見通しである。
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Strategy for Future Research Activity |
2022年度は本研究課題の研究項目「Ⅰ.文人の辺境化の過程」のうち②「変わりゆく「文壇」:「文学の場」の変遷と読者の変化」を実施する年度に当たる。本研究項目の目的は前述のように多様な母語、宗教を持つ集団である「文人」の最大の共通点であるイスタンブールという空間的共通性に着目しつつ、彼らが創作と作品の発表・献呈を「行った「文学の場」の実態と、とくに文人の主たる養育地であり、立身出世の場として主な活動地域として長く機能した帝都イスタンブールにおける読書の場の変遷を双方向的に分析することである。創作家、読者双方の活動の場としての「文壇」像を描出するべく、本年度は、私的なサロンであり、またインフォーマルな人的社会結合の場として文人の立身出世を支えたメジリスを起点としつつ、その変遷史を編む。とくに、近現代には現代はこうした文化的選良同士の閉じたサークルが、新聞や戯作という新たなメディアの登場とそれを介しての作品公開によって、いわゆる「大衆読者」へ解放される過程にあたるため、それらのメディアと「大衆」のもっとも有力な社会的結節点となったと目される読書クラブを近代の「新たなメジリス」という視座から分析する予定である。そのため近代期の回顧録史料を主史料としつつも、この時代に史料の点数は少ないものの採録された民衆の語り物史料についても順次、利用するべき史料収集を進めている。そのため、年度内にトルコ共和国への海外調査を予定してはいるものの、疫禍による実行不可能性を考慮し、文献収集についてはインターネット経由でも併行的に進めていく予定である。
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