2023 Fiscal Year Research-status Report
初期宗教改革期における宣教の方法と効果:超地域的な人間関係のネットワークを中心に
Project/Area Number |
21K00941
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Research Institution | Hirosaki University |
Principal Investigator |
永本 哲也 弘前大学, 人文社会科学部, 助教 (60623858)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 宗教改革 / 再洗礼派 / ドイツ / 低地地方 / 宣教 / メディア / コミュニケーション / ネットワーク |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、1530年代のドイツ北西部下ライン地方、ヴェストファーレン地方、低地地方に広がっていた宗教改革運動を例に、宣教の方法と効果を明らかにすることを目的としている。その際、超地域的に広がっていた人間関係のネットワークが宣教で利用されていたことに特に注目する。 1. 本年度は、「カトリック聖職者の失敗した宗教改革―フランツ・フォン・ヴァルデック(1491-1553)」(『脇役たちの西洋史』八坂書房、所収)を刊行した。本稿では、ミュンスター司教フランツ・フォン・ヴァルデックが、自領で宗教改革を導入しようと試み、最終的に撤回するに至った過程を検証した。その際、フランツが、主に使者と手紙を通じて、諸勢力と取っていたコミュニケーションに焦点を当てた。その結果、世俗権力が推し進める宗教改革の成否もまた、君主が福音派のネットワークからどの程度の支援を受けられるか、カトリック勢力の支援のネットワークに対抗できるかによって決まることが明らかになった。本稿は、科研費のテーマよりも少し後の時期を主に扱ってはいるが、宗教改革の進展が、コミュニケーションとネットワーク形成に影響されることを示した意味で、本研究テーマの発展にとって重要な成果である。 2. 科研費で行った研究の成果を地域社会に還元するために、アウトリーチ活動も積極的に行った。2023年10月には、青森県弘前市のコミュニティFM局アップルウェーブの番組「りんご王国こうぎょくカレッジ」で、昨年度に本研究課題の成果として刊行した宗教改革の宣教活動を扱った論文の概要、さらに論文を書く際に用いた歴史学の方法をわかりやすく説明した。2023年11月3日に行われた弘前大学人文社会科学部国際公開講座「宗教改革思想は、どのように広まったか? 」では、宗教改革期にさまざまなメディアを利用して、宣教活動が行われたことを地域の市民に紹介した。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
4: Progress in research has been delayed.
Reason
本研究は、地域を越えた人間関係のネットワークに注目しながら、宗教改革思想がどのように宣教されたかを明らかにすることを目的としている。そのためには、第一に個々の都市や地域の実証研究を行い、その後それらを総合して分析を行う必要がある。本年度はアーヘン市の宣教方法と効果についての分析を進め、論文も書き進めていたが、残念ながら完了しなかった。最大の理由は、申請時に想定していたエフォートを確保できなかったことにある。さらに、難解な手書き文書の読解に時間がかかったこと、調査を進める最中に、未入手の重要な史料が存在することが判明し、追加で海外での史料調査が必要だと判明したためでもある。入手済みであった手書き文書の読解と分析はすでにほぼ完了しており、アーヘン市立文書館での追加の調査によって、未刊行の史料の撮影も実行した。しかし、アーヘンでの史料調査は、本年度の終わり、2024年3月末に行ったため、史料の読解と分析は今後進める必要がある。アーヘン市の宣教に関する分析は、2021年10月に行った学会報告の時から大きく進展している。ドイツでこれまで出された先行研究の知見を、大きく更新するものになる予定であり、研究史的な意義は大きいと考える。しかし本来は、本年度中に、アーヘンでの宣教に関する分析を終え、論文を投稿し、マーストリヒト市の宣教の分析に本格的に取りかかる予定であった。にもかかわらず、当初の想定よりも作業が進んでおらず、成果の公表に至っていない点を考えると、進捗状況は遅れていると判断せざるをえない。
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Strategy for Future Research Activity |
今後は、現在の遅れている進捗状況を、取り戻すことが必要になる。最優先で達成すべきことは、現在進めているアーヘン市における宗教改革思想の宣教に関する分析を終え、論文化し、学術雑誌に投稿することになる。本年度末に行った史料調査で撮影した未刊行の手書き文書を読解すれば、必要な作業は概ね終了し、論文を最後まで書き進めることができる。この作業をできるだけ早く進めることが、今後最も重要となる。 論文を投稿した後は、低地地方マーストリヒト市を中心とした地域における宣教の分析に本格的に取りかかる。既に文献や史料の読解、分析は、アーヘン宗教改革に関する論文の執筆と並行して、部分的に進めている。マーストリヒトを次の対象に選んだ理由は、マーストリヒトの宗教改革運動は、アーヘン市や近隣のユーリヒ公領とも密接な関係があることが既に判明しているためである。マーストリヒト、アーヘン市、ユーリヒ公領は、神聖ローマ帝国と低地地方の境界に位置する。それ故、超地域的な宗教改革者ネットワークの重要な結節点であり、本研究テーマの探求にとって極めて重要な意味を持っている。また、マーストリヒト市は、史料の残存状況が例外的に恵まれており、宣教方法や宗教改革支持者が作る人間関係のネットワークを、かなり詳細に把握できる希有な都市だからでもある。次年度中にある程度の分析を進め、研究会などでその成果を報告することが次の目標となる。 アーヘン市、マーストリヒト市の分析を進める過程で、この二都市やユーリヒ公領の宗教改革支持者が、ケルン、ミュンスターのようなドイツ北西部の都市、リエージュ、アントウェルペン、アムステルダムなどの低地地方の都市の支持者と関係を持っていたことも明らかになりつつある。来年度は、二都市の分析結果を核として、超地域的な宗教改革支持者のネットワークと宣教方法をより明確に浮かび上がらせることが可能になるであろう。
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