2022 Fiscal Year Research-status Report
「コミュニズムの理念」と法理論―ネオリベラリズム統治批判以後の批判法学
Project/Area Number |
21K01097
|
Research Institution | Shinshu University |
Principal Investigator |
関 良徳 信州大学, 学術研究院教育学系, 教授 (90313452)
|
Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
|
Keywords | ネオリベラリズム / 統治性 / コミュニズムの理念 / 人権 / コスタス・ドゥジナス / 抵抗 / 公理的平等 / 革命 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究の目的は次の二点である。①コスタス・ドゥジナスを中心とする批判法学の現代的展開を解き明かし,ネオリベラリズムの統治政策に対する批判や抵抗実践の理論的基盤を法哲学の見地から構築する。②公理的平等の概念や抵抗への権利を核とする「コミュニズムの理念」に依拠したドゥジナスの人権論を手掛かりに,抵抗権や革命権の理論的意義とその可能性について明らかにする。これらの研究目的を実現するために、令和4年度は次の二つの研究を行った。 第一に、人権概念の基盤を成す自然権論が私有財産制度や資本主義を正統化する理論であることを示すリチャード・タックの法史的研究の成果に着目し、リベラリズムの人権論がネオリベラリズム統治に正統性を付与する思想的淵源を明らかにした。また、ドゥジナスは、人権概念が抵抗権や革命権として再構成される革命期の逆説的な転回をエルンスト・ブロッホの自然法思想に依拠して分析していることから、これを手掛かりに、現代における「抵抗/革命への権利」の再興を訴えるドゥジナス自身の人権論の理論構成及びその思想史的背景を解明した。 第二に、「平等は前提であり、唯一の普遍である」というランシエールの公理的平等論に基づいてドゥジナスが「コミュニズムの理念」を具体化し、近年ギリシアで展開された「スタシス・シンタグマ」をネオリベラリズム統治への実践的な抵抗運動と位置付けていることを明らかにした。その一方で、この平等論から導かれるランシエールの政治的主体化(市民権なき者が、それを持つかのように振る舞い抵抗する実践)は、官僚のマネジメントによるコンセンサス政治や専門家集団のロゴスによる調整的な紛争解決によって既成秩序に回収される危険性が高いことから、ネオリベラリズム統治への抵抗としては、ドゥジナスが主張するラディカルな「抵抗/革命への権利」こそが法理論上の基盤として重要であるとの結論を示した。
|
Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
令和4年度の研究主題「公理的平等論とコミュニズムの理念」では、ドゥジナスが主張する「公理的平等」の概念について、ジャック・ランシエールの平等論との関係性を分析することで「公理的平等論」から「抵抗/革命への権利」へと向かうドゥジナスの法理論の具体的な構成とその実践可能性を明確化する計画であった。 この研究計画が順調に進められていることを示すものとして、令和5年3月に公刊された研究論文「コミュニズムの理念と「人権」― コスタス・ドゥジナスによるラディカルな再構成」『信州大学教育学部研究論集』第17号が挙げられる。この論文では、ランシエールの平等論を基礎に「コミュニズムの理念」を具体化したドゥジナスの公理的平等論について分析を行った。この分析により、ランシエールが提起した「政治的主体化」に基づく抵抗実践の難点が析出され、その克服のために、ドゥジナスがよりラディカルな「抵抗/革命への権利」を提示したことが明らかとなった。さらに、ドゥジナスはその実践形態を「スタシス・シンタグマ」の抵抗運動に見出し、そこでの群衆(マルチチュード)による直接民主制を公理的平等論の具体的な展開として捉えていることを指摘した。この一連の分析を通じて、「公理的平等論」から「抵抗/革命への権利」へと向かうドゥジナスの法理論の具体的な構成を明確化することができた。 他方で,令和4年度は新型コロナウィルス感染症の影響により、海外渡航による文献調査や研究打ち合わせを十分に行うことができなかった。そのため,当初の研究計画を達成することはできたが、さらに発展的な探究を行うことは難しく、次年度以降の研究遂行の過程で補わなければならない課題もある。 以上を総合的に判断した結果,本研究はおおむね順調に進展していると判断される。
|
Strategy for Future Research Activity |
令和5年度以降は研究計画にしたがって、「コミュニズムの理念」の下で展開される法理論についての分析を進める。特に、令和3年度に得られた研究成果(コミュニスト思想家たちの「人権」に関する各所説の分析)及び令和4年度に得られた研究成果(公理的平等論と抵抗/革命への権利を基盤としたコミュニズムの理念の具体的・実践的な展開)とを合わせて、「コミュニズムの理念」と「人権」との関係性及び、リベラリズムとは異なる視点からの人権論を追究する。 令和5年度の研究主題「コミュニズムの理念の法理論的分析」では、ネオリベラリズム統治批判の枠を超えてその影響力を示し得る「コミュニズムの理念」の下で、公理的平等論と抵抗/革命への権利を基盤とする法理論、あるいは人権論を提示し、国内外の学会での報告を準備する。特に、新型コロナウィルス感染症の影響により滞っていた海外での文献調査を進めることで、コスタス・ドゥジナスらの研究の影響を受けて展開された、新たな理論研究の成果に注目して、研究の推進を図る計画である。 令和6年度の研究主題「東アジアにおけるコミュニズムの理念と法」では、中国・韓国の研究者による関連の諸論稿を分析し、東アジア地域におけるネオリベラリズム統治批判と「コミュニズムの理念」との関わり、及びその意義について分析を行う。 令和7年度の研究主題「コミュニズムの理念による法理論の構築」では、これまでの研究を総括するとともに、リベラリズムの人権論とは次元を異にする「抵抗」や「革命」の意義を重視した人権論を完成させる計画である。
|
Causes of Carryover |
<次年度使用額が生じた理由> 2021年度に予定していた外国での資料収集及び学会参加が新型コロナウィルス感染症の蔓延により不可能となり、また2022年度に行った海外渡航も新型コロナウィルス感染症の影響で滞在期間や現地での行動範囲について大幅な制限を受けた。この結果,次年度使用額が生じた。 <翌年度分と合わせた使用計画> 2023年度には、当初予定していた海外出張や国内出張が可能となるので、英国での資料収集及び国内外での学会参加を実施する。このための海外及び国内出張旅費として助成金を使用する。また,新型コロナウィルス感染症の影響でオンラインでの学会参加の機会が増えたことから、インターネット等を最大限活用して、これまで叶わなかった国際学会にも参加する。これに伴い,通信関連機器の整備・充実にも助成金を使用する。
|