2021 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
21K01137
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
高作 正博 関西大学, 法学部, 教授 (80295287)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 私的生活の尊重の権利 / プライバシーの権利 / 公共圏 / 個人的自由 / 人及び市民の権利宣言 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度の研究では、次の2点を実績として挙げることができる。第1に、プライバシーの権利をめぐる判例の読み直しの作業である。最高裁昭和44年12月24日大法廷判決は、「肖像権」を憲法上の権利として認めた上で、警察官による公道上での写真撮影につき、「正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反」すると述べた。公道上(公共圏)であっても、「私」性は消滅しないとする判断である。しかし、この判例は、捜査機関による公道等でのビデオ撮影が問題とされた最高裁平成20年4月15日決定で、「事例判断」にすぎないものとしてその先例的価値が弱められ、また、GPS捜査が問題とされた最高裁平成29年3月15日大法廷判決において、それが、公道上のみならず「個人のプライバシーが強く保護されるべき場所や空間」を把握することを可能にすることを理由に、「個人のプライバシーを侵害し得る」とした。以上が、「公」と「私」の関係性の再構成が必要と考えられる理由である。 第2に、フランス法における「私的生活の尊重の権利」の憲法的保障をめぐる憲法院の判決の整理である。憲法の明文上には見られないこの権利について、憲法的価値が承認されながらも、保障が不完全な状態にとどまっており、また、概念や内容についても判例の読みにくさが指摘されていた。そのような状況の中、憲法第66条第2項の「個人的自由」の拡大解釈により、憲法的保障が承認される判決が相次いだ。自動車、住居、個人情報等が「私的生活の尊重の権利」による保護を受けるものとして考えられるようになった。他方、憲法第66条第2項から離れ、1789年人及び市民の権利宣言第2条により、憲法上の固有の権利として承認する判決が出されるようになっていく。この二つの傾向は、権利侵害の強さ、保障内容、監督機関等の違いから説明されうることが明らかとなった。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)について、当初の計画に従い、以下の点が明らかとなったためである。 第1に、日本法におけるプライバシー権の判例の読み直しである。最高裁昭和44年12月24日大法廷判決が出されるまでは、公道上のデモ行進では肖像権があらかじめ放棄されているとする論理も見られたが、本判決によってこの論理は否定された。公共圏へ積極的・自発的に自らを表出させたケースでも、親密圏は否定されないとする論理である。しかし、最高裁平成20年4月15日決定は、この判決の先例を否定した。その背景には、防犯カメラ等による公道の監視が一般的となった現代社会特有の事情がある、とするのが、最高裁の調査官解説である。果たして、このような現状認識だけで、従来の判例の否定が許されるのかどうかが明らかにされなければならない。 第2に、フランスにおける「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての研究である。まず、フランス法(憲法院判決、学説)における権利の理解、また、権利に対する制約の実態が明らかになった。フランス社会でも進んでいる電子化の流れの中で、個人の番号化、個人情報の集積化、個人イメージの流出の危険性等が問題視され、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についても、権利内容の拡大や再構成を求める議論があった。また、ヨーロッパ人権裁判所の判例との相互作用により、フランス国内における法律の整備が進展を見た。日本法とは異なり、個人情報の「取得」の段階から詳細な立法化がなされている点は、日本法への重要な示唆を与えるものと思われる。 もっとも、新型コロナの感染拡大の影響により、当初予定していたフランスでの調査を延期せざるを得ない状態が続いている。日本で収集可能な情報を優先的に扱い、研究を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに行った研究をさらに進め、論文としてまとめて公表していく。特に、次の3つの課題に取り組む予定である。第1に、フランスの憲法院の判決や学説を中心に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念を整理する。憲法上の根拠や限界、概念の再構成をめぐる議論を明確にするよう研究を進めていく。それとともに、民法典や刑法典によって保護されてきた「私的生活の尊重の権利」の法的保障の実態についても、整理を行う。その中で、犯罪捜査、犯罪予防、テロ対策等における監視措置の法的整備、また、犯罪者の処遇として採用されている監視措置についても、整理する。 第2に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)についての法制度の分析である。特に、行政傍受を定めた「2015年7月24日法律」、情報収集活動が盛り込まれた『国内安全法典』(2012)の全体について、整理検討を行う。司法警察を超える行政警察作用については、フランス国内でもその危険性を指摘する議論は多い。特に民主制の観点から法律の危険性を指摘する議論を検討し、プライバシー権と民主制とのあるべき均衡点を検討したい。第3に、国家の論理の前に、個人の親密圏をいかに保護し公共圏の議論の確保につなげていくかが課題となる現代の社会状況にあって、改めてプライバシー権の意義を説くことである。大規模災害、感染症パンデミック、戦争等の非常事態に際し、個人的利益よりも国家的・社会的利益を重視すべきであるとする論理に対し、批判的に検討を加えた上で、よりよい均衡点を見出していくことが必要となる。
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