2022 Fiscal Year Research-status Report
Project/Area Number |
21K01137
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Research Institution | Kansai University |
Principal Investigator |
高作 正博 関西大学, 法学部, 教授 (80295287)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 私的生活の尊重の権利 / プライバシーの権利 / 監視措置 / 独立行政機関 / 親密圏 / 忘れられる権利 |
Outline of Annual Research Achievements |
2022年度の研究実績としては、次の2点を挙げることができる。第1に、フランスの法制度や判例を中心に「私生活の尊重の権利」の概念を整理した。基本となるのは、「私生活の尊重の権利」を保障する民法典第9条である。これとともに、刑法典には、私生活侵害罪が設けられ、会話の録音、肖像の録画、住居侵入、通信の開示等が処罰の対象とされた。また、様々な監視措置が設けられており、犯罪捜査活動としての監視(司法傍受)、犯罪予防活動としての監視(行政傍受)、犯罪者処遇としての監視が制度化されている。プライバシーを保護するための独立行政機関も設けられ、「全国治安傍受監督委員会」(CNCIS)、「国家情報技術監視委員会」(CNCTR)、「情報処理および自由に関する全国委員会」(CNIL)が公的機関に対する監督を行っている。これらの法制度の実態は、法制化が不十分な日本の現状に再考を迫り得るものであると思われる。 第2に、国家によるプライバシー権の保護の態様の一環として、近年活発に議論されている「忘れられる権利」について、フランス、ヨーロッパ、日本の議論を調査検討した。特に、検索エンジンが検索結果を公表することがプライバシー権を侵害することを理由に、検索結果の削除を認めることができるかどうかという点は、それぞれの法制度の下で裁判上の論点として争われてきた。フランスでは、「情報処理および自由に関する全国委員会」(CNIL)が徹底した個人情報の保護を図っており、その処分をめぐってEU司法裁判所に紛争が持ち込まれることがある。総じて、ヨーロッパでは、個人情報の保護が徹底されているのに対し、日本では、検索エンジンによる検索結果の公表も表現行為として捉えられ、表現の自由との利益衡量によって判断される傾向にある。インターネット上からの親密で私的な情報を削除されることにより、国家や社会からの親密圏の回復が課題となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)について、当初の計画に従い、以下の点が明らかとなったためである。第1に、日本法におけるプライバシー権の判例の読み直しの結果として、「親密圏」の消滅と回復という視点を得ることができた。①最高裁昭和44年12月24日大法廷判決は、公道上のデモ行進では肖像権があらかじめ放棄されているとする下級審判例の見解を採用せず、公共圏に積極的・自発的に自らの情報を表出させた場合でも親密圏は否定されない(回復する)という趣旨の判断として読むことが可能である。また、②最高裁平成6年2月8日判決、最高裁平成29年1月31日判決等は、一度、社会的価値のある情報として適法に公表された情報(犯罪歴・逮捕歴)でも、時の経過等により再び親密性・私事性を回復することがありうることが認められている。これにより、公私の区分も、情報内容、空間、時間等により変動し得るものと考えられる。 第2に、フランスにおける「私的生活の尊重の権利」についての研究である。フランス法における法的保障と憲法的保障とに区別し、それぞれの位相毎に、保障の実態を明らかにした。フランス社会でも進んでいる電子化やインターネットの普及の中で、個人情報の集積化・永続化、個人イメージの流出の危険性等が問題視され、「私的生活の尊重の権利」についても、権利内容の拡大や再構成を求める議論があった。また、ヨーロッパ人権裁判所やEU司法裁判所の判例との相互作用により、フランス国内における法律の整備が進展を見た。日本法とは異なり、個人情報の「取得」の段階から詳細な立法化がなされている点は、日本法への重要な示唆を与えるものと思われる。さらに、「忘れられる権利」の議論でも明らかとなったように、「私的生活の尊重の権利」と表現の自由との調整の場面では、前者を重視するのがフランスやヨーロッパの傾向である点が注目される。
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Strategy for Future Research Activity |
これまでに行った研究をさらに進め、論文としてまとめて公表していく。論文としてまとめて公表する作業が遅れているため、次の2つの課題に集中して取り組む予定である。第1に、フランスの憲法院の判決や学説を中心に、「私的生活の尊重の権利」(プライバシー権)の概念を整理する。憲法上の根拠や限界、概念の再構成をめぐる議論を明確にするよう研究を進めていく。それとともに、民法典や刑法典によって保護されてきた「私的生活の尊重の権利」の法的保障の実態についても、整理を行う。その中で、犯罪捜査、犯罪予防、テロ対策等における監視措置の法的整備、また、犯罪者の処遇として採用されている監視措置についても、整理する。 第2に、プライバシー権に関する一連の判例から、親密圏・私事性の消滅と回復という視点を取り出し、従来の判例分析とは異なる観点から、公共圏・親密圏の区分軸を探る試みを提示する。ポイントとなるものと思われるのは、それがどのような内容の情報であるのか(犯罪歴・逮捕歴、氏名・住所・電話番号・学籍番号等、私生活、顔や容姿等)、どのような空間での公表なのか(公道、書籍や新聞、公開のインターネット空間等)、どれくらいの時間での公表なのか、誰が個人情報を取得したのか(行政機関、警察、一般人等)等によって、プライバシー権侵害かどうかが変わり得る。従来、プライバシーの権利は、情報プライバシー権説にしたがって、個人情報の内容の区別と、情報の取得収集・利用・開示、開示請求・訂正請求・削除請求のコントロールとの側面から構成されてきたが、権利侵害の有無を考える場合には、さらに上記の視点も交えて考えなければならないことを整理することとしたい。
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Causes of Carryover |
研究計画を遂行するため、外国出張や国内出張を予定していたところ、新型コロナウイルスの感染状況から出張時期を図りながら研究を続けていた。その結果、2022年度の後半にまで至り出張を断念せざるを得ないと判断し、出張費として予定していた予算を急きょ他の費目に振り替えて執行することとなり、翌年に繰り越す事態となった。 2023年度は、これまでの制約も撤廃されたところであり、引き続き感染防止に配慮しながらも、出張の予定を立てて調査研究を実施する予定である。
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