2022 Fiscal Year Research-status Report
詐欺罪の変容と限界ー制度の変遷と可罰性評価の変化について
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21K01200
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Research Institution | Kobe University |
Principal Investigator |
小田 直樹 神戸大学, 法学研究科, 教授 (10194557)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 制度侵害 / 刑法の解釈 / 詐欺罪 / 財産取引の自由 / 可罰性 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、社会制度の変化が詐欺罪の捉え方に影響しうることを確認しつつ、財産的損害をめぐる議論とは異なる視角で、情報を偽る罪から詐欺罪の独自性を描く方法を探り、刑法上の詐欺罪の射程を明確にすることを目指している。今年度は、退職・移籍を決めたことに伴う混乱の中で、詐欺罪の研究を進めることができなかったが、大塚裕史教授の古稀祝賀論集において、制度変化が犯罪の捉え方を変える(と考えるべき)一例として、いわゆる「刑事製造物責任」という問題についての検討を公表した。 一般の議論が、もはや支配を離れた「販売後の商品」の回収義務を認めることは不作為犯論を弛緩させるという文脈で批判的に扱うのに対して、製造物責任法が設けられた社会において・安全保証を法的に求められている自動車の製造者(~製販一体の実態がある場合)ならば、正に「製造物責任法」で構築されている・製品瑕疵が確認された段階以後の対応に関する「制度」を担保するために、瑕疵ある商品を放置しておいたこと(監督官庁に虚偽報告をして事態を隠蔽したこと)が刑法上の過失責任をもたらしうることを論じた。 安全に関わる事故情報の隠蔽が当該時点以後の「販売」の継続を支えたと読むのならば、個別の店員には情報がなかったとしても、当該企業体に新規の購入者に対する詐欺罪が問われてもおかしくない。会社レベルの情報操作に影響された売買が詐欺罪の射程内のものと言えるか否かは、当該論文の延長上に位置する問題であり(法人の犯罪能力を認めるか否かも先決問題となるものの)、今後、取り組むべき課題となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
3: Progress in research has been slightly delayed.
Reason
一方で、早期退職・移籍を決めたため、関連する事務的作業に追われることが多々あって、個人の研究に十分な時間を使えなかった。 他方で、カードすり替え型の「特殊詐欺」に(最終局面では意思に反する占有移転が想定されているため)窃盗(未遂)罪を認める判例(最決令和4・2・14)が出た。窃盗と詐欺の根本的な相違(私的所有~契約自由の財産秩序から見た破壊者か悪用者か)を忘れて、「制度」の文脈を離れて(意思に基づく移転か否かという)結果だけに議論を集約する刑法学の歪み(底の浅さ)が表れているように思われるが、通常の刑法学がこの事例をどう受け止めるのかを追跡調査してみる必要性は高かったため、主要な論者の意見を集約することに徹していた。新年度は、その成果を踏まえて、自分なりの捉え方を明確にし、「詐欺罪」の捉え方の深化につなげたい。
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Strategy for Future Research Activity |
一方では、虚偽情報の絡む犯罪の扱いが「制度」の文脈に応じて拡大していく過程を概観する作業を急ぎ、他方では、カードすり替え型事例の扱い方について、窃盗罪を前提とした「着手」の前倒し評価をめぐる議論の様相を整理することで、個別行為に着目すれば、「特殊詐欺」をめぐる議論が財産取引の文脈から離れて(財産関係の変動をもたらすプロセスの細分化に応じて)拡散してしまう傾向にあることを確認する。 細切れにされたプロセスの各部分を「制度」として独自に評価するのならば、その種の活動に規制を設けてきた形式犯に見合う行動が(背後者による全体把握においてはじめて)詐欺罪の一翼を担う意味をもたされている。本来の刑法理論からすれば、全体的な意味の認識がなければ故意(及び共謀)とは言い難いところ、現状の議論は、その問題点を暗黙のうちに乗り越えているのではないかを検証する。 予定の通り、「特殊詐欺」の様々な形態を悪用された「制度」との関係で整理し、そこに経済法としての規制がどのように及んでいるかを確認する。最終的には、プロセス自体の意味に応じた対処を可能とするような議論の組み立て方(必要ならば「制度」としての切り分けに応じた罰則の設定可能性)を探りつつ、そのような形式犯と「棲み分け」ることで刑法上の詐欺罪を限界づける可能性を探ることにしたい。
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Causes of Carryover |
法学部を新設する大学への移籍を決めた段階で、次年度以降に研究の基礎となる書籍等を補う必要が予想されたため、本年度の使用を抑制して未使用分の金額を次年度に留保することにした。加えて、コロナ禍で「出張」を伴う研究会の活動が停滞し、ほとんどの場合、リモート参加で済ませていたため、旅費としての使用が生じなかった。 そこで、これまで図書館等における調査で済ませていたが、新たな勤務校に欠けている資料類があった場合に、それを参照しうるように手元におくために購入する費用と、研究会への参加・資料収集を目的とした国内旅費・複写費などで使用することにしたい。
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