2022 Fiscal Year Research-status Report
市民の「正義論」:有権者の意識における分配的正義の構造・形成要因・政治的帰結
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21K01328
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Research Institution | Gakushuin University |
Principal Investigator |
平野 浩 学習院大学, 法学部, 教授 (90222249)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | 正義観 / 分配的正義 / 関係的正義 / 政策選好 / 民主主義観 / 権威主義 / シニシズム / 相対的剥奪感 |
Outline of Annual Research Achievements |
本研究は、現代の正義論、特に分配的正義に関する規範的理論の基底にある価値観や論理が、現代日本人の意識の中にどのような形で構造化され、受容されているのかを明らかにし、さらにこうした正義観がどのような基底的態度(特に権威主義を始めとするイデオロギー的態度)によって形成されているのか、またどのような党派的・政策的な選好に結び付いているのかを政治心理学的・政治行動論的アプローチによって実証的に明らかにすることを目的としたものである。2年度目となる本年は、まず前年度に実施したプレ調査によって得られたデータの分析を行い、その結果に基づき4回の学会報告を行った(日本選挙学会「政策イデオロギーと正義観:哲学的立場は政策選択の決め手となるか」、日本政治学会「運命も自己責任:所有、ケア、自由と責任に関する人々の世界観は正義の原理への態度とどう係るのか」、数理社会学会「相対的剥奪感と階層帰属意識:分配的正義に係る態度への交互作用効果」、日本心理学会「左右イデオロギーと権威主義的態度:政策選好における交互作用効果」)。いずれの学会においても多くの肯定的なコメントや示唆が得られたが、それらも反映させた形で、本計画におけるメイン調査と位置付けられるインターネット調査(対象者3000名)を実施し、得られたデータの分析を行った。その結果、(1)分配的正義に関する人々の態度は、経済や政府支出・再分配などに関わる諸政策への選好や政党支持にシステマティックな影響を与えている、(2)分配的正義観とは独立に、「対等/承認」の価値を基底に置く関係的正義観もまた政策選好や政党支持に影響を及ぼしている、(3)他方、これらの正義観に対しては、権威主義、社会的支配志向、カオス欲求、シニシズムなど、社会における力の作動に関する認識や願望が、政治的な左右イデオロギーとは独立に影響を与えている、といった興味深い知見が得られた。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
本課題の進捗状況は以下の通りである。初年度、第2年度に実施した調査データの分析により、(1)人々の意識における分配的正義の構造に関しては、「何に応じた分配か」、「何に関する平等か」、「どこに介入するのか」、「どのような状態が望ましいか」という4つの質問群に対する回答の分析から、「結果/均等vs機会/実績」、「機会/福利vs必要/潜在能力」、「優先主義vs十分主義/平均功利主義」という政治心理学的にも、また規範的政治理論の観点からも非常に興味深い3つの次元が析出された、(2)こうした正義観の形成要因に関しては、回答者の客観的属性に加え、関連した主観的要因である階層帰属意識や相対的剥奪感の影響が見られること、また権威主義、社会的支配志向、システム正当化、カオス欲求、シニシズムといった様々な社会的態度が、政治的な左右イデオロギーとは独立に、複雑な影響のパターンを示していることが明かとなった、(3)また正義観が政治的・政策的選好に及ぼす影響に関しては、上記3次元の分配的正義に関する態度が、政府による経済・財政支出・再分配政策に対してまた政党支持に対して及ぼす影響のパターンが示された。以上は、当初予定された本研究課題の成果であるが、それに加えて、以下のように当初の期待を超えて研究が進展した。(1)分析対象となる正義観に関して、本研究の主たるテーマである分配的正義観に加え、今日の規範的政治理論においてこれと対抗的関係にあるものとされている関係的正義に関する態度、さらにはケア倫理などについても分析を行い、それらの異同が明かとなった。(2)正義観の影響を受ける変数として、当初の計画には含まれていなかった「民主主義観」についてもデータを収集することができたため、このデータの分析を通じて、正義論と民主主義論を接合した形での政治心理学的研究を進めることが可能となった。
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Strategy for Future Research Activity |
本課題の最終年度となる2023年度は、当初の計画においては初年度、第2年度に得られた知見に基づき、SNS上における正義に関する言説の分析を行う予定であった。しかしながら、(1)SNSに関する研究環境が激変し、特に当初想定していたtwitterデータの収集が困難になったこと、(2)その一方で、この2年間の研究成果から、正義観についての政治心理学的・政治行動論的研究に関しては、さらに探求すべき学術的価値の大きなトピックスが複数あることが明かとなった。そこで当初の計画を変更し、最終年度では、予算の制約からやや規模を縮小した形とはなるが、次のようなトピックスに焦点を置いたフォローアップ調査(インターネット調査)を実施する。すなわち、(1)人々の意識の中において分配的正義観や関係的正義観は「自由」、「権利」などの諸価値に関する態度とどのように関連しているか、(2)分配的正義観や関係的正義観は、「民主主義」や「共和主義」といった政治体制に関する態度とどのように関連しているか、である。この調査データの分析を行った上で、本課題全体の成果の取りまとめに入りたい。
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Causes of Carryover |
上述の通り、本年度は本研究計画におけるメイン調査と位置付けられるインターネット調査(調査対象者3000名)を実施したが、その成果は当初の計画を上回るものであったと同時に、更なるフォローアップ調査の必要性を強く示唆するものであった。そのため、本年度予算における調査経費以外の部分を翌年度(最終年度)に繰り越し、翌年度分の助成金と合わせて、このフォローアップ調査の経費に充てることとした。
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