2021 Fiscal Year Research-status Report
経済・社会における協調と効率性に関する理論・実証分析
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21K01399
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Research Institution | The University of Tokyo |
Principal Investigator |
神取 道宏 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (10242132)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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Keywords | ゲーム理論 / くり返しゲーム / 協調 / 調整過程 |
Outline of Annual Research Achievements |
社会にとって望ましい結果をもたらす「協調的な行動」は、それを実行する個人には金銭 的・心理的負担をもたらす一方で、その成果の一部または全部が協調した本人ではなく他人に行きわたる。これが、協調的な行動を人々に自発的に取らせることが難しい根本原因である。この問題を解決し、社会にとって望ましい協調行動を自発的に達成するメカニズムについて、新たな知見を見出すというのが、本研究課題の核心をなす学術的な問いである。 そのようなメカニズムとして、非常に汎用性が高く、広範囲の重要な経済・社会問題で使われてるのは、当事者同士が長期的関係を結ぶということである。長期的関係における協調達成の可能性については、「くり返しゲームの理論」として多くの研究の蓄積があるが、「相手の行動を見間違えるとき」や、「共同作業の結果(成功か失敗か)を見間違えるとき」という、「参加者の間で協調の成果についての認識の齟齬があるケース」は、現実問題で重要でありながら、まだ理論的な理解が進んでいない。本研究の一つの柱は、この問題について新たな知見を得るということである。 さらに、以上のような「当事者の自助努力」によって社会にとって望ましい結果をもたらす「ソフトな」メカニズムを分析する一方で、のぞましい結果をもたらすような制度・ルールを設計する「ハードな」メカニズムの設計も分析し、「社会にとって望ましい結果をもたらす方法の解明」の理解を深める。また、その際には、通常経済学やゲーム理論で仮定されるように、各人が「最適な行動を取る」「各人の行動が均衡状態にある」などの前提が満たされないことも考慮する必要がある。このことから、最適行動や均衡行動へ至る「現実の個人の行動原理の解明」などについても、自由な発想のもとに研究を進めることが、本研究の目標となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
まず、これまで進めてきた研究成果が最終的に経済学理論、ひいては経済学全体でのトップジャーナルである Econometrica 誌に掲載された。また、ゲーム理論誕生100周年を記念してノーベル財団が主催したNobel Symposium に招待講演者として招待された。このシンポジウムは、ゲーム理論がカバーする様々なトピックについて代表的な研究者を招待し、過去の研究を振り返るとともに、将来への展望を議論するというものである。ここで依頼されたのは、「経済学やゲーム理論で前提とされる、最適行動や均衡行動へ至るまでの動学的調整過程の研究の展望」である。発表論文では、そのような調整過程を分析する際の根本的困難を指摘し、それを乗り越えるため実証的な知見の重要性を例と共に示した。本論文は、この先 Econometric Society のモノグラフの1章として出版される予定である。 また本年度は、これまで独自に集めたゲーム実験における他に類をみない大規模データを解析し、「他人に手を読まれないようにするためにランダムに行動する必要があり、また同時に他人の出方を予想する必要がある」ような状況で、人間がどのような原理で行動調整するかについて、機械学習の最新の成果を応用しつつ分析するプロジェクトを進めた。その結果、伝統的に実験データを説明するために経済学で使われてきたモデルよりも、機械学習モデルのほうが予測力が高いことが見いだされた。このプロジェクトの中間発表を、北京大学の研究会において発表した。 参加者の間で協調の成果について認識の齟齬があるばあいの理論分析については、①協調を達成しるシンプルな均衡戦略が、認識の齟齬のあり方とどう関係するかを明らかにすること、②そのような均衡行動が、動学的な調整過程(戦略の進化)によってもたらされるかを、分析している。①については論文のまとめに入り、②についてはシミュレーション分析を進めている。
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Strategy for Future Research Activity |
人間行動が動学的調整過程を通じて均衡に至る様を分析する研究分野の展望論文は、2022年度にモノグラフの1章として完成させる予定である。また、独自に収集した大規模実験データセットを機械学習で分析するプロジェクトは、2022年度中に論文の第1稿をまとめいくつかの研究会で発表してフィードバックをもらうことを目指す。実験データを説明するためにこれまで用いられてきた行動経済学モデルよりも、最近実務で注目されている機械学習モデルのほうが予測力が高いことが2021年度の分析によって明らかになったが、機械学習モデルは一種のブラックボックスであり、それが捉えている人間の行動原理(過去の経験の何を見て、それをいかに使って次の行動に生かしているか)がなにかはただちにはわからない。このことを解明し、解釈可能なよりよい人間行動モデルを構築することが今後の課題となる。長期的関係と認識の齟齬の研究については、「協調を達成しるシンプルな均衡戦略が、認識の齟齬のあり方とどう関係するかを明らかにする研究」を完成させ、自然科学系の学術誌に投稿することを目指す。これは、「協調の進化」が進化生物学や一部の物理学の研究者に関心がもたれているためである。これと並んで、そのような均衡行動が、動学的な調整過程(戦略の進化)によってもたらされるかについて、シミュレーション分析を進める。このほか、参加者の間で協調の成果について認識の齟齬がある現実の興味深い事例として、コミュニティユニオンという特殊な形態の労働組合があるが、このことについての理論・実証分析を完成させることも目指してゆく。
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Research Products
(5 results)