2021 Fiscal Year Research-status Report
20世紀前半のイギリスにおける歯科治療と口腔衛生リテラシー
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21K01622
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Research Institution | Nanzan University |
Principal Investigator |
梅垣 宏嗣 南山大学, 経済学部, 講師 (50709053)
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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Keywords | イギリス国民健康保険制度 / 認可組合制度 / 歯科疾患 / 歯科治療 |
Outline of Annual Research Achievements |
2021年度の研究を通じて、20世紀前半のイギリスにおける歯科疾患の実態、および、イギリス国民健康保険制度(1911~46年)における歯科治療の実態を明らかにした。その概要は、以下のとおりである。 植民地においてプランテーション栽培され、安価になった砂糖の消費量が急増したことを背景に、齲蝕患者が増えていたが、その実態が、20世紀初頭までの各種調査報告を通じて明らかにされた。しかし、当時の人々は、口腔状態・口腔衛生への関心が低く、そのことが問題をいっそう深刻化させていた。その後、南アフリカ戦争や第一次世界大戦を通じて、主に労働者階級から成る兵士の口腔状態の劣悪さが問題視され、政治的課題として強く認識されるようになった。さらに、1922年以降、国民健康保険制度における歯科治療の提供が開始されると、潜在的な需要を喚起し、歯科治療を求める被保険者が急増し、人々の中でも、口腔状態・口腔衛生への関心の高まりが見られた。しかし、国民健康保険制度の枠組みの中では、様々な理由で、被保険者であっても歯科治療を受けられないという事態が生じており、包括的・普遍主義的な歯科治療は、戦後福祉国家における国民保健サービスの登場を待たなければならなかった。 具体的な研究成果としては、論文「イギリス国民健康保険制度(1911~46年)における歯科治療:歯科給付をめぐる諸問題」が、2022年6月刊行予定の『社会政策』第14巻第1号(社会政策学会編、ミネルヴァ書房)に掲載される。本論文は、国民健康保険制度における歯科治療の分析を通じて、社会政策史と歯科治療史の統合を目指したものであり、その点に研究上の意義がある。ただし、国民健康保険制度以外の、地方自治体や民間経由で提供される歯科治療や、私費診療による歯科治療については、若干の言及に留まっており、今後、より詳細な調査・分析が必要となる。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
2: Research has progressed on the whole more than it was originally planned.
Reason
新型コロナウイルスの流行と国内外における感染対策もあり、イギリスにおける現地調査を行うことができず、新たな史料を入手することはできなかった。しかしながら、過去に収集した史料の中に、未使用・未分析のものがあり、また、関連書籍・論文を新たに入手し、それらによって研究を進めることができ、一定の成果を上げることができた。 特に、中心的な課題である国民健康保険制度における歯科治療に関しては、2021年度の研究を通じて新たに発見した事実を踏まえて、ひとつのまとまった議論を提示することができた。ただし、同制度以外の経路による歯科治療に関しては、断片的な事実の解明に留まっており、20世紀前半のイギリスにおける歯科治療の全体像を描くための素材が、充分にそろったとは言いがたい。 他方で、新たに、国民健康保険制度(NHI)から国民保健サービス(NHS)への移行過程に関する研究にも着手した。NHS法が成立するまでの過程における議論、NHSにおける歯科治療の位置づけには、英国歯科医師会が、20世紀前半までに確立した彼ら自身の立ち位置が反映されているはずであり、本研究課題の一環として、検討の価値があるものと思われるからである。この論点については、社会政策学会東海部会(2022年3月5日、於・同朋大学、オンライン開催)にて研究発表を行った(発表標題「戦後イギリス福祉国家体制における歯科医療制度の確立過程:NHIからNHSへ」)。 なお、学会誌投稿の際のレビュアーコメントを受け、歴史研究とはいえ、現代の歯科医学・歯科治療に対する一定程度の理解が必要であるということを痛感し、現代の歯科医学・歯科治療に関する基本的な知識の習得にも努めた。
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Strategy for Future Research Activity |
国民健康保険制度における歯科治療に関する個々の事例の分析をさらに進めつつ、地方自治体によるもの、民間(とくに私的保険)によるものなど、同制度以外の経路による歯科治療の実態を分析する。また、2021年度の後半以降から取り組んでいる、NHIからNHSへの移行過程、および、NHSにおける歯科治療の位置づけに関する研究を、2022年度も引き続き進めていく。 ただし、2022年度もイギリスにおける現地資料調査が行えなかった場合、研究の進捗が滞る可能性がある。その場合、入手可能な一次資料・書籍・論文をもとに、可能な範囲で研究を進めていくこととなる。
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Causes of Carryover |
新型コロナウイルス感染対策により、イギリスにおける現地調査を行うことができず、旅費として研究費を使用しなかった。その分を、必要な図書を購入し、物品費として使用したり、紙媒体の史料のデータ化作業を依頼し、人件費・謝金として使用したが、なお余剰が生じた。そのため、余剰分は、現地調査が可能となれば、調査期間を予定より延長し、旅費として使用するなど、次年度の発展的な研究のために活用する。
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