2021 Fiscal Year Research-status Report
近世医療情報の教育メディア史―「不安」に挑む「施印」
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21K02263
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Research Institution | Kyoto University |
Principal Investigator |
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Project Period (FY) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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Keywords | 熊谷直恭 / 蓮心 / 鳩居堂 / 施印 / 養生 / 倹約 / 放生 / 陰徳 |
Outline of Annual Research Achievements |
本年度は、京都老舗鳩居堂の四代目当主である熊谷直恭(蓮心)の施印(無料で配布されるチラシ)活動について調査・研究を行った。直恭については、天保飢饉時における施行活動(御救小屋)と、嘉永期における種痘活動(有信堂)と、安政期のコレラ流行時における防疫活動(病人世話場)が、通史や事典類でもよく言及されており、京都史上において著名な人物である。しかし、いざというときに大胆に動き出す慈善活動家として知られている直恭は、同時に、地味にやり続ける施印活動家でもあったことは未だ十分に着目されてこなかった。いや、上田藤十郎氏は30年代の論文(「熊谷蓮心の『飢饉用心書』について」『経済史研究』第14巻4号)において、こういった側面をいち早く指摘したが、その後、糸口を紐解くものは現れてこなかった。 直恭の施印活動の全体像を解明すべく、筆者は全国調査によって収集した施印資料に加え、京都市歴史資料館に写真帳として所蔵されている「熊谷家文書」(511点)を活かし、以下の特徴を明らかにできた。①1825年から1859年までの長期にわたって実施されたこと。②すくなくとも36枚に及ぶほど、大量に配布されたこと。③改版・再版が極めて多いこと。④内容が養生・放生・倹約に集中していること。⑤独特な陰徳思想に裏付けられていたこと。⑥慈善活動と表裏一体となっていたこと。⑦きっかけとなった牛馬放生の経験が、その後の活動を大きく規定することとなったこと。
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Current Status of Research Progress |
Current Status of Research Progress
1: Research has progressed more than it was originally planned.
Reason
施印とは、本屋仲間を介さずに流通しているため、著者名を明記する義務もなく、多くは匿名で出されている。このことが施印の一つの興味深い特徴であると同時に、それを研究する上でのもっとも厄介なボトルネックでもある。著者が特定できない限り、ある施印は、何のために執筆され、なぜあえて無料で頒布されたかについても検討するすべがないからである。しかし、熊谷直恭の施印の多くは署名されているのみならず、その作成の背景を物語る「熊谷家文書」所収の文書類も豊富である。さらに、その活動は長期かつ大規模に続けられた点において、かつてない恰好な研究素材であることがわかったのである。一つの事例研究とする予定を変更し、厖大な資料から得た知見を複数の論文に分けながら、これから少しずつ公表していきたいと考えている。
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Strategy for Future Research Activity |
本年度の研究では、熊谷直恭の施印活動の全体像が判明したため、来年度はこれらの施印を位置づけるべく、次の三つの作業を予定している。第一に、書誌学的な位置づけ。直恭が発布した施印の改版や再版における異同を整理し、その作成・出版年月日を特定すること。第二に、思想史的な位置づけ。施印の内容はもちろん、そのほかの文書類を網羅的に分析し、それを年譜と照らしあわせることで、直恭の思想形成を解明すること。その際、本研究の医療情報への感心から、直恭にとって「養生」とは倹約・放生・陰徳とどう関連するかという問題に特別に注意を払う。第三に、社会史的な位置づけ。直恭の施印の流布や受容の有様を解明すべく、それに触れた人物による当時の資料を可能な限りに収集し、近世後期における直恭の活動の意義を検討する。
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